<私はガン患者>『入院中の記録(一部)』
※【平成15年1月17日(木)】
…本日は、腹部エコー検査。結果は、
「多少、死亡肝があるが太っている割にはマシ」
 …だとか。十数年前に、アルコール性肝炎をやった割には随分と良い筈。噂のウコンが効いてる筈。
…CT検査を含めた検査結果は、
 @胃の病巣部が、膵臓へ癒着・浸潤が見られる。
 Aリンパ節への、遠隔転移が見られ無い。
 B胃の下方に転移らしきモノが見られるが、「普通の人にも見られる範疇」だと言う。
 C総合結果は、「開けてみてからの問題」…の一言。
…自宅に中間報告をすると、患者さんの母親から電話があったと言う。

※【平成15年7月18日(金)】
…本日は胃の透視検査。通常のバリウム検査だと言う。何故か、今日の検査は早く呼ばれて早く終わった。
…10時55分。女性患者Yさんから携帯電話にに連絡があり、今から見舞いに来ると言う。最近、来院を始めた30歳代前半の人だが、入院前の私の話に、
「お見舞いに行きます。絶対に行きます!!」
 …と言ってたが、冗談か愛想かと思っていたのが、健康茶を手土産に本当に見舞いに来た。13時から仕事があるらしく、12時20分には帰る。
…夕刻、Y医師から透視検査の結果も含めて、
「胃の病巣部と、膵臓の癒着・浸潤具合が何とも言えない。すべては開けてみてから。術後は抗がん剤投与と、膵臓全摘ならインシュリン投与の併用」
 …の話が出る。こう言う話を何度も聞かされると、気分的に随分と落ち込む。
…此処で、医師にとっては遣りにくい発言をした。
「ガン手術に於いて腹を開けた迄は良いが、『手遅れ状態で、手の施しようが無い!!』と、病巣部に手を付け無いまま閉じてじまったと言う話を聞くけど、手術担当の外科の先生にお願いしておいて下さい。仮に完全除去不能の状態でも、目で見える範疇の病巣部は可能な限り取り除いておくように…。もし、手遅れ状態と言う事で除去処置をしないまま閉じたのが解り、それが原因で早目に死んだら、化けて出ますよ!!」
 …と、一種の脅迫のようにお願いをした。私の迫力に、Y医師は気後れした様子で、
「ワ…解りました。伝えておきます…」
 …と、苦笑い。

※【平成15年7月19日(土)】
…必要な検査も一通り終り、土日は特別な用事が無いので、本日9時過ぎから21日消灯まで一時帰宅。20日&21日は貧血治療の増血剤注射の為、10時〜10時半迄の間に7病棟ナース・ステーションヘ来なければいけない。大病の割に、煩わしさを感じる。入院から昨日までの検査なら、午前中に一つ、午後から一つすれば半分の日数で終わったはず。何か勿体付けると言うか…御役所仕事と言うか…。だから、時間を持て余すのだ!!
…自宅に居た14時過ぎ、患者K君が来院。治療をしないまま、
「他人(患者)の事どころか!!そこまで自分の病状が悪いのに何故、即、入院をしなかった!!何故、他人の心配ばかりする!!ワシだったら即、入院するがノ〜!!」
 …と、散々怒りながら1時間ほど、自分の胃に潰瘍で穴が空いた時の話をして帰る。
…私の胃ガンに諦め切れない女房が、私の入院以来、慣れないインター・ネットで「抗癌作用がある」と言われているアラビノキシランと言う健食(健康食品)を探し当て、私に勧めた。駄目元で試してみる事にした。開発者がエジプト系アメリカ人。そちらから輸入している代理店から買うと、例の如く異常に高い。含有量が少ないが国産の分もあると言うので、国産を試してみる事にして、本日から始める。結果が良ければ、アメリカに居る姉に頼んで日本の代理店を通さずに直接、送らせる事にする。
…15時半過ぎにI外科医院へ行き、交通事故患者のO君に手作りの事故処理用紙を渡し、損保会社相手の処理方法を教える。17過ぎにK病院に入院している患者Yさんを尋ねた後、入院生活に足りないものを105円ショップ(笑)で買い揃える。
…思い立って、16時前に西条市のG寺へ向かう。16時半頃に寺に着いたが、事務所には誰も居ない。受付前のベンチに座っていると、院代さんが法事姿で帰ってきた。1年振りに会って、挨拶しがてら話を始めた。
「少し、痩せたんかな?」
「そうです。今、入院中なんで…」
「エ〜ッ!!…で、病名は?」
「手遅れ状態の、いわゆる末期ガン状態…」
 …言葉を詰まらせた院代さんの顔から笑顔が消え、視線が下を向いた。
「…手遅れ状態…末期状態…のガン。…場所は?」
「平均的日本人に多い胃ガン。本来なら菩提寺の新居浜のR寺へ行く筈が、何故か此方へお邪魔んですよ…」
 …暫くの重い沈黙の後、時間を気にしながら院代さんが言った。
「帰りは急ぐ?」
「今日から二日ほど外泊だから、急がないです」
「じゃあ17時を過ぎると、お勤めがあるから…」
 …と、[一代守り]を持って来て、
「加持祈祷させるから、持って帰り…」
「今日は、そんなつもりじゃ無かったから、持ち合わせが…」
「我々は…盟友じゃないか」
 …と、言った。理由は、当家の菩提寺である高野山真言宗R寺と、石鎚山真言宗総本山G寺は姻戚関係である。私は、菩提寺R寺住職に頼んで高野山真言宗で得度出家している。数年前から仕事の関係で、G寺と付き合いが始まったから。今後、この御守を大事にしておかねば。
 …加持祈祷後の一代守を受け取り、手持ちが無いと言うが小銭があったので、院代さんに断って賽銭箱にソックリ入れて帰る。別れ際、院代さんが言った。
「病気には、絶対に負けない事!!退院したら、絶対に元気な顔を見せる事!!約束やで!!」
 …と。その言葉に、涙を隠すのに困った。

※【平成15年7月20日(日)】
…午前中に病院へ行って増血剤の注射を受け、後は大型バッグ探し。
…13時に超大型スーパーへ行き、患者Yさんに頼んでいた物を受け取り話をしていると、自宅から携帯に連絡が入り、患者M君から電話だと言う。Yさんと別れ、自宅からM君に連絡を取ると、
「夕方に連絡します」
 …と言うものの、彼の事だから解らない。
…大型バッグは自宅近くの店で格安のを買い、帰宅後、軽く拭いて乾かせておく。再び超大型スーパーへ行き、映画の切符を買い、20時には息子を連れて見に行くが、貧血が原因のパニック症状が出て困った。しかし、大病で入院中に度々外出や外泊をし、車で走り回るわ映画を見に行くでは…何と言うか…です。
…M君からは、結局、連絡無し。

※【平成15年7月21日(月)】
…午前中、患者Iさんから様子伺いの電話。M君が治療に来る。治療中、患者Yさんから電話が入り、17時〜18時の間に治療に来ると言う。
…17時過ぎにYさんが来て治療を受けに来た。治療後、再度買い物に出掛け、飲み物とテレホン・カードを買う。
…20時に息子を塾へ送って行き、シャワーを浴びて帰院準備。21時半の消灯時間間際に帰着。病院のボイラーが早く止まるから、クーラーが止まって暑さと寝苦しさで困った。

※【平成15年7月22日(火)】
…7時より、24時間の採尿が始まる。
…10時過ぎのY看護師が来て、
「長時間点滴用注射針を留置する為の処置をするそうです」
 …と言うなり、突然状態で小手術の準備が始まる。その為にパニック症状が酷く成り、昨夜に家を出る時に女房に鍼をして貰った左肩甲骨内側のコリが一気に悪化。手術室で少々、パニくる。外科の担当はK医師。小手術(15分程度)が始まる直前、私の身体を触って、
「骨が太い!!太い骨をしているな〜!!」
 …と、呆れたような声を上げる。仕事の事が気に成るから手術日を聞くと、
「患部が腫れているから、8月の最初に成りそう…」
 …と言う。理由を聞くと、
「腫れてる所を縫っても、裂ける可能性が…」
 …と言いながら、処置室からバタバタ出て行った。余程、忙しいのか…?
…11時から、7病棟から3病棟への大移動が始まる。7病棟担当チームの若い看護師二人が手伝ってくれたのだが、話しかけても何故か二人とも悲しそうな笑顔のみ…。私の病状から言えば、当然かも知れない。
…3病棟では部屋と担当看護師が決まっており、T担当看護師が挨拶に来た。7病棟担当のY看護師がスケベ親父の私好みのタイプだったから、T看護師は性格は良いが少々(御免!!)…と言うのは可愛そうか(笑)。小手術の時に、食事や水分の制限があるような事を言ってたが、12時に食事が出た。
…13時過ぎ、M君から見舞い電話。
…14時過ぎ、女房から電話。前開きのパジャマを頼む。
…15時過ぎ、婆さんが来る。
…16時、T看護師がK医師の伝言を伝えに来た。
 「25日朝から絶食。薬と水分はOK。28日に腹部レントゲンと採血があります」
  …と。
…尚、この日より事情があって、記録は手書き。

※【平成15年7月23日(水)】
…10時〜12時半まで点滴。
…12時10分頃、Wオバサンの見舞い。
…13時より、余りの暇さに急遽帰宅。
 自宅治療室でゴソゴソしていた14時頃、以前、娘の後輩で宇摩郡土居町(現・四国中央市)から治療に来ていた公立N高女子弓道部員のO嬢から電話が入った。
「明日、行きたいんですが」
 …というが、私は入院中。今日は、偶然にも帰宅していただけなので、
「事情があって明日は居無いので、できたら今からおいで」
 …と、来院させる。15時前に、治療の為に弓道部の後輩女子部員を連れて来た。
「今、私は入院中で、たまたま帰宅したばかりだったので、悪いが今日、来て貰った」
 …と、事情説明しながら治療を済ませる。その後、
「退院したら連絡するか、治療室玄関を開けて治療再開を解り易くしておく」
 …と伝え、18時40分には病院へ戻る。
…20時半にはクーラーが止まる。何とか成らないか〜!!

※【平成15年7月24日(木)】
…本日の予定は、午前中5時間の点滴一本と輸血。明日より、絶食と24時間の点滴。午後から、一時帰宅。しかしK医師はY医師に比べて、余り細かく説明に来ない。余程、大丈夫…なのか、駄目…なのかである。
…午前中、点滴をしながら暇を持て余して5病棟の親父の部屋へ行ったが、早々に切り上げて13時〜19時まで帰宅。この外出や外泊の度に届出を出す規則なのだが、何せ時間を持て余して退屈している。届出の時、
「病院前バス停に辿り着く前に、暑さで病院駐車場のど真ん中で泡を吹いて白目を剥いて大の字に成って寝ているかも知れん。場合に寄っては痙攣を起こしているかも知れんから、帰りが遅かったら救急車を回すか、ストレッチャーで迎えに来て下さい」
 …と、馬鹿話で看護師達をからかっていると、傍に居たK医師は心配そうな複雑な表情で私の顔を見ていたのが印象的だった。そのうち思い余ったK医師は、
「余り無理をしないで、手術の為の体力温存も考えてください!!」
 …と言った程だから、私の場合、他の患者に比べて医学知識も自分の身体状況も観察する能力もある筈だから、随分と遣り難い患者であった筈。言い換えれば、中年不良患者かも知れない。ガッハッハ〜!!

※【平成15年7月25日(金)】
…本日より、24時間点滴と絶食のセット。
…絶食が始まったにも拘らず、配膳車が来ると食事を配っている看護師の傍へ行き、
「私のメシは有るンかいノ〜?」
「アレッ、絶食は明日から?」
「今日から…」
 …と言うと、笑いながら起こったフリをしていた。忙しいのに、気の毒〜。
…ただ困ったのが、食事時は部屋中に食べ物の匂いが立ち込める。点滴をしている関係で食欲自体は少ないのだが、匂いと点滴と食欲とは別物。匂いが非常に気に成る。堪らず、食事時間中はベランダへ緊急避難。
…点滴は今迄のと違い、大きな袋に黄色の薬剤が入っている。200tの白濁した栄養剤も同時に入れる。途中、2回目の400t輸血の追加。
…12時過ぎ、高齢Sさんの見舞い。一昨日の16時にも来てくれたらしいが、あいにく外出中。入院前に実家にも来てくれたのに、気の毒でした。
…13時、小中学校時代の同級生H君の母親が2病棟に入院していたらしく、本日めでたく退院と言う。使いかけのテレビ・カードを置いていく。
…14時半、婆さんが来る。今日、新居浜名物(?)の花火大会。陽が暮れて、花火大会の為に女房が息子を連れてきた。娘と親父以外で、他の患者達と5病棟ベランダから高見の見物。
…19日から国産アラビノキシランを飲み始め、2日目より胃周辺の病変に因る腹部違和感や胸椎10番前後の鈍痛様疼痛が薄れ始め、昨日よりほぼ完全に消失している。

                                  <以後、次回へ>



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(2006/06/25(Sun) 03:07:08)

 <私はガン患者>『ガン告知から入院。退院まで(一部)』
※【平成15年7月10日(木)】…[ガン告知]
 平成14年下旬位から、
 @胃の違和感があって食欲が減り、
 A便が出にくくなり、
 B凄い逆流性食道炎(胸焼け)が度々あった。
 …等などから、近所の内科で診て貰いながら4月21日から新しい仕事にも取り掛かっていた。しかし、貧血症状特有の立ち眩みや呼吸困難が出たりで、非常に体調が悪い。その度に、
「貧血かな〜?まさかナ〜」
 …と、思っていた。理由は、3月末日の献血の検査結果に異常が見られなかったから、
「変だな〜」
 …と思いながら仕事を続けていたが、その後、大きな病変か検査誤差があったのだろう。食後、胃の蠕動が始まると、傍目に解るほど胃部体壁がプックリと張れ、チューブから中身を搾り出すような状態に成りだしたから、
「ヒョットして、胃ガン…かな?」
 …と感じていた程で、5月初旬の市鍼灸師会の総会の時にも異様な顔色と吐血らしきものもあった。新しい仕事も当初と違って少なく成り始めた為に6月一杯で中止し、7月1日からは別の仕事を始めたのだが、担当者曰く、
「顔色が悪いと言うよりも、真っ白!!」
 …と言う程に身体状態が悪く成っていた。
 やがて、病的な倦怠感と不安感が増大。一種のパニック症状である事から、当時、県医師会会長であった叔父に頼み、実家近くの財団エヌ病院の院長を紹介して貰い、7月8日(火)午後から診て貰ったところ、
「おかしいナ〜。何処も悪い所が見当たらない…」
 …と呟きながら一通りの診察の後、私の顔をジックリ見て、
「貴方は元々、色が白い人だが今の白さは尋常じゃ無い。血液検査をしてみましょう」
 …と言って血液検査をしてみると、
「コリャ凄い!!平均的な成人男子の1/3程の血液しか無い、極度の貧血状態!!」
 …と言える数値が出た。
「私の専門は内科と違うので、掛かり付けの内科の先生に診て貰って下さい」
 …と成り、紹介状を貰って掛かり付けの内科で診て貰うと、
「これほど酷い貧血では、当方ではどうしようも無い。早急に大きい病院で胃カメラ検査をして貰ってください」
 …と、タライ回し状態で紹介状を書いて貰い、7月9日午前中に公立エヌ病院へ行って診て貰うと、「案の定…」と言うべきか、胃カメラ検査や外来で出来る各種検査の結果、
「手遅れ状態(一種の末期)の、膵臓に浸潤した悪性で進行性の胃ガンです」
 …と、告知された。説明を聞いてみると、
「この病状では、昨年夏頃から随分と悪く成り始めていた筈。だが、病状が出る迄は気が付く事は少ない」
 …との事。昨年夏頃とう言えば、複数の仕事の中でも4年半もしていた深夜の仕事を、極悪の体調不良と諸事情で辞めた頃。体調不良の原因が、ガン細胞が増殖して悪化していた事に成る。しかし、このまま放っては置けない。入院・手術を勧められた事から、7月14日(月)午前10時に入院する事に決定。携帯電話で家族に連絡し、詳細は帰ってから説明する事となった。新しい仕事の方は、代役を手配して帰宅。
 帰宅後、現在、来院している患者さん達には『急病の為、暫く休診』旨の電話連絡をする。

※【平成15年7月13日(日)】…[入院準備]
 9日(水)に胃ガンと告知され、明日14日(月)の入院準備も最終チェック段階。準備をしていた午前中、当院患者(以後、断りが無いのは当院患者)高齢エスさんが私の様子を見がてら来宅し、中元名目の金を置いて帰る。昨日、治療に来た時には、
「早く元気に成って…」
 …と、新鮮有精卵を持って来てくれたのに、その優しい心遣い…有難いものである。
 暖かく成るに従い忙しく成り始めた本業なのに、此処で入院と成ると何時退院か解らないから大きな痛手。不思議と仕事が忙しく成り始めたり、『これから!!』と言う時に限って必ず大きなトラブルが発生する。それこそ、
「何かとりついているのでは!?」
 …と、感じる。

※【平成15年7月14日(月)】…[入院]
 午前8時起床。入院前の朝食は、小さい餡パン一個とウーロン茶。
 本日、漏水していた水道管の敷設工事最終日。2週間程前から工事に来ていたビー設備の若い衆が来て、治療室の電気温水器の取り外しと古い配管を外した後の穴埋めで終了。
 午前9時45分に家を出る。寝たきりの親父も公立エヌ病院に入院しているから、母親を一緒に連れて行く。途中、病院近くの大型スーパーに寄り、本日から発売のサマー・ジャンボ宝籤を買う。私は金欠と入院費の心配で、連番で10枚のみ。母親は、
「当たって、少しでも入院費の足しに成ったら…」
 …と、連番20枚とバラ10枚を買って病院へ向かう。見方を変えたら、随分と緊張感が無い親子である。病院の入院案内書には、
『入院当日は、午前10時迄に3番窓口で手続きを…云々』
 …と書かれているが、宝籤の発売開始時間も午前10時。当然、病院指定の時間に10分程遅れて到着。3番窓口で手続きを済ませて待っていると、担当らしき看護師が窓口にきた。年齢不詳で多少気が強そうだが、私好みの雰囲気のある可愛子ちゃんタイプの美形だ。こう書くと、スケベ親父丸出し。自分でも、随分と緊張感が無いと思う。
 看護師は、やはり担当のワイ看護師。
 ワイ看護師に連れられ、当面の入院室のある7病棟に行く途中、心電図と胸部レントゲンを撮って7病棟へ。割り当てられたベッドでワイ看護師から在り来たりの家族構成を聞かれている間に、午前11時を過ぎてヒョッコリと女房が顔を出した。聞くと、勤務先の幼稚園理事長が、
「御主人の様子を見ておいで。心配だろうから…」
 …と、言ったらしい。三者入り乱れてゴチャゴチャ言ってる間に、携帯電話が鳴った。本来、病院施設内では携帯電話の電源は切っておく規則。三者、「アッ!!」と言う表情で顔を見合わせ、おかしさを堪えてソッポを向いた。その間に、通話状態にして話を始めた。電話は他病院に入院している患者ワイさんからで、様子伺い。
 これで本格的な入院患者と成り、7病棟入院中は手術に向けての各種検査漬けで、先の見えない不安だらけの入院生活の始まりだ。

※【平成15年7月15日(火)】
 本日は、大腸検査の為に朝食抜き。
 昨夜遅く紫色っぽい下剤(錠剤)を飲まされ、今朝から液体下剤一gを一時間で飲まされ、もう一gを2時間〜3時間かけて飲む。少し舐めてみると、口当たりが塩味のようで微妙な不味さ。これなら不味い筈のバリウムの方が旨いと感じる。
 10時過ぎ、患者ティーさんが受診を兼ね、受付を済ませて病室を尋ねてくれる。
 14時過ぎ、大腸検査が始まる。担当医のワイ医師が来て始まった。始まる直前に思わず出た言葉が、
「先生、お手柔らかに!!」
 …ワイ医師は、思わず苦笑いをしていたが…(笑)。
 検査は、肛門から盲腸部分までの大腸と呼ばれる全ての部分。何かあるとすれば、S字状結腸付近にあると思ったが、横行結腸に数個の良性ポリープのみ。で、基本的に異常無し。検査後、胃カメラを飲んだ時の組織検査の結果が出ており、説明では悪性進行ガンのVb。膵臓に浸潤しているので、浸潤具合で部分摘出か全摘。全摘なら、毎日のインシュリン注射が必要。 極度の貧血治療に、今日から一回400tの輸血を日を置いて三回程すると言う。二十歳の時から三十年で百三十二回の献血をしたが、輸血を受けるのは初めて。最後の献血と成った三月下旬の検査結果を過信していたのが命取りだった。

※【平成15年7月16日(火)】
 本日は、リンパ節のCT検査のみ。点滴と輸血をしながらの検査で、手間は掛かったが非常に楽。検査後は、何もする事は無い。
 夕食後の19時〜21時、不要物の持ち帰りとシャワーの為に一時帰宅。

                                 <以後、次回に>
        


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(2006/06/22(Thu) 01:44:12)

 突然ですが、『反響にビックリ!!』…とは言うものの。
 このホームページがヤフー検索で可能に成った某日曜日、当院のEメールに[エロ系の案内が何と15件]も入っていました。
 ソリャね、私も決して嫌いじゃ無い…けど噂では聞いてたが、こんなに金目的のエロサイトがあったとはビックリ。私のHPの反響以上に驚いたと言う次第。纏めてゴミ箱に放り込んでますから、ご希望の方には連絡を頂けたら転送して差し上げますよ(笑)。
 それとも、何処かの報道関連のHPかメールに悪戯目的で転送してやろうか…なんて思っているが、後が怖いかも。

《予告》
<私はガン患者>の続編、次回から中略で[入院闘病日誌]を入れようかと考えています。


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(2006/06/18(Sun) 13:55:26)

 <私はガン患者>F『独立から、やがて死に病・ガンへ』
※実家が多少、裕福だった関係で、両親と相談して半ば無理矢理状態で独立。自分で言うのも変な話だが、波乱万丈と言う諺通り、病気と経済的な面で傍目には決して解らない部分で本当に色々ありました。で、その辺りの触りを少々…。

(一)平成4年頃、42歳位の時に民間大手病院の半日人間ドックに入った。幾つかの検査の中で胃のバリウム透視があった時、当然のように十二指腸潰瘍の話が出た。バリウム透視しながら、技師との会話。
「十二指腸に潰瘍の傷跡がありますが、記憶にありますか?」
「17年程前に、病院勤務の時に一度…」
「そうですか。でも傷跡が二箇所ありますが、二度目は?」
「…記憶に無いです」
「そうですか…」
 …そのまま検査が続けられていくうち、
「胃潰瘍をした経験は?」
「記憶に無いです。慢性胃炎とは言われても、胃潰瘍と言われた経験は…」
「そうですか。十二指腸近くの幽門部付近に、胃潰瘍が治った痕跡があります」
【()この時の[胃潰瘍の傷跡]が、[初期のガン化した組織だった]と推察される。】
 …と、告げられた。そして一通りの検査が終わり、担当の医師に呼ばれて言われた。
「40歳を過ぎたら、1年毎に定期健診を受けた方が良い。特に、胃や十二指腸に潰瘍跡がある以上、ガンや成人病(生活習慣病)等に注意した方が良い。歳だから…」
「はい。でも、気分は二十歳代で居ますから…(笑)」
「それは気分的な問題で、40歳を過ぎたらオジンですよ(笑)」
 …と言いながら、医師は私の肩を揉んでいた。それから10年程経った平成14年夏頃から本格的に体調を崩しており、平成15年初夏に受診した時には[手遅れ状態の胃ガン]と診断された訳で、昔の医学書には、
「十二指腸潰瘍はガンに移行しにくいが、胃潰瘍はガンに移行し易い」
 …と言う意味の事が書かれているから、
「私のガンは、正に昔の医学書に書かれていた通りの胃ガンだった」
 …と言える。

(二)もう一つ、甲状腺機能減退症に関連した話。新居浜アイ病院〜公立名古屋病院〜新居浜アイ病院を経由して、新居浜ティー医院で7年振りに甲状腺機能減退症が発見された訳だが、その後に診て貰った病医院では必ず、
「その諸症状は、痩せたら治る!!
 …と、言われ続けている。それも、何故か微熱の事は無視されたまま。その典型的な新しい話を一つ。
※胃ガンの諸症状が殆ど出て無い時期に、近所の内科で微熱と病的な疲労感・倦怠感で診て貰った時、やはり院長から『痩せたら治る』的な発言があったので、意地悪く聞いてみた。
「私には甲状腺機能減退症があって粘液水腫という水太りをしているんですが、先生、それをご存知の上で今の発言なのですか?」
 …と聞くと、『エッ!!』と言う驚きの表情をした挙句、
「(医学知識があるから)御自分で、思い込んでいるだけじゃないんですか?」
「もう26年程前に成りますか、二箇所の医療機関で行った血液検査で見付かり、基礎代謝もその度に検査して、共に−25%(際どい数字だが本物範疇)と言う結果が出ている。−30%から完全な甲状腺機能減退症と言いますから」
 …と言うと、少々、驚いた表情で、
「治療は?」
「最初の医院で治療をしてましたが事情があって、その後は中断したままです」
 …と言った具合。甲状腺機能減退症や鞭打ち症・脳脊髄液減少症の事を言わないで病的な倦怠感・疲労感を訴えると、100%の医師が「痩せたら治る!!」的な言い方をするから、医師が素人扱いする鍼灸師の私が感じる事は、
「日本の大学医学部医科大学での医学教育高度診断機器を使わない医師として基本的な診察技術の中でも、特に[視診]は全くのド素人が教えているんじゃないのか!?
 …と思える位に、ある部分、
「ド素人と同レベルの視診しか、出来無い医師ばかり!!」
 …だと思う。これについて、皆様はどう思われるだろうか。

余談
※平成17年初夏、この辺りの話を、国立E病院に転勤してきた医学博士でもある臨床検査技師の大学時代の友人と十数年振りに会って話をすると、
「そう言や〜、学生時代に君のアパートを訪ねると、よく休んでいたわナ〜」
「病的な倦怠感は経験が無いと誰にも理解できんし、体力が無いと運動どころか勉強も何も出来ん!!」
「言われてみると、ヤッパリそうなんかナ〜。何をするにも体力なんかナ〜(笑)」
 …と言う。医療関係者の友人であっても、自分に経験が無いから理解は出来無い。そして、
「そう言ャ〜、転勤先の病院で色々と見てると、医者の世界も36歳から40歳位迄は体力勝負だわナ〜」
 …と、言ってた程。 
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(2006/06/16(Fri) 21:31:24)

 <私はガン患者>D[その他の公立病院の仕事をしない悪質なドク・ハラ医師]
結婚して1年程して松山市で再び追突事故に遭い、目撃者の方々に強く勧められて市内の民間救急病院に行ったところ、
「即入院と言いたいが、住所が新居浜であるし仕事の都合があるだろうから、新居浜の病院にかかって入院した方が良い」
 …と診断され、新居浜に帰ると懲りずに手近なI病院に入院した。この鞭打ちも、随分と酷くて、一通りの諸症状から立ち直りつつあった数ヵ月後、I病院副院長が言った。
「二度目の鞭打ちだし、治療期間が長くなったから公立N病院整形外科のN医師に診て貰って欲しい」
 …と、切り出した。それも、何故か言いにくそうに…。
『誰に診て貰っても、特別な治療が無い限り鞭打ち症は絶対に良く成らないのに…』
 …と思いながらも了解すると、
「受付が午前8時30分からだから、それ迄に受付を済ませておいて欲しい。貴方も独立して仕事をしているから、私の方から外来一番で診て貰えるように言っておくから…」
 …と。公立N病院と言えば、I病院長が週に一度だけ内科の外来診察に行ってる関係で、そのコネだろうと思っていたのが大きな間違いであった。
 午前8時20分に持たされた紹介状を出して初診受付を済ませ整形外科待合所で待っていたが、何故か午前9時を過ぎても呼ばれない。『おかしい』と思って整形外科の外来看護師に聞くと、なんとN医師は出勤して無いのだ。私も独立して仕事をしているから、患者を待たせる訳にはいかない。この日は、公立N病院へ来る為に午前10時までは治療を断っているが、十分おきに自宅へ電話をしながら看護師に何度も聞いた。
「N先生は、まだ出勤されて無いですか?」
「昨日が日曜だった関係で、松山の自宅に帰られているので少々遅れているようです」
 …と、さも他人事のように言う。もっとも彼等にすれば、我々患者の諸事情は他人事に間違いは無い事実だが、公立病院職員としては非常識で無責任な話だ。やがて午前10時を過ぎて自宅に電話を入れると、患者が来て待っているという。慌てて看護師に言った。
「仕事があるから、帰ります!!
「それは困ります。もうすぐ先生が来られるのに、居て貰わないと困ります!!
「ソリャ、おかしい!!だって、午前9時の診察開始時間はとっくに過ぎてて、いつ来るか解らぬ人間を、これ以上ダラダラと待つわけにはいかんのヨ。何度聞いても『もうすぐ来ます』って言うから、1時間以上も待ってたのヨ。いい加減にして欲しいワ。私の場合、それこそ貴方達と違って治療に来た患者をノンビリと待たす訳にはいかんのヨ。第一、私達夫婦は午前8時20分から2時間近く待ってるのヨ。幾ら仕事をしないで有名な御役所経営の公立病院といっても、規則では午前9時からの診察だろう!!いい加減にして欲しいワ!!
「でも、困ります…」
「それは診察時間に間に合わなかったN医師の責任だから、私の責任じゃ無いの。だから、私には一切関係無い事なの。ジャア、午後12時に間に合ったら来ます!!
 …と、押し問答の挙句、何かを言いかけた看護師を無視して自宅に戻り、当院患者の治療を済ませた。
 治療後、時計を見ると11時45分過ぎ。すぐ行けば何とか間に合う時間だが、公立N病院へは自分の意思で行った訳では無い。特別な治療の無い説明だけだから、別に診て貰わなくても済む問題だが、I病院の院長や副院長の面子もある。それこそ、仕方なく出かけた。そして二度目の病院到着後、整形外科受付に着いたのが11時59分。公立N病院の都合に合わせて間にあった訳だが、再び問題が起こった。
 整形外科診療室内の専用待合所に入ったのだが、先に居た患者の関係で十分以上も待たされた挙句、呼ばれて診察室のN医師傍の丸椅子に座ると、それはそれは憎々しげにN医師は私達の顔を一睨みすると、看護師の差し出したレントゲン・フィルムを毟り取り、フィルム専用台に力一杯差し込んだ。それを見た私は、
『このヤブ医者のクソ野郎、ブチ殺したろか!!
 …と思った。だって、そうでしょう!!上記の通り私的理由で診察時間に遅れ、他病院紹介の予約患者を何時間も待たせた挙句、何の断りの言葉も無く、何の責任も無い私達にフテ腐れた態度をするのだ。その態度は、
『何処の何様か知らんが、御医者様の私を偉そうに待たせやがったクソ野郎が!!
 …と、言わんばかりの態度。それでは何を言わんかである。
 おまけに、その説明たるや僅か1分〜2分。医学・医療に全く無知な素人に説明する内容以下の、まるで幼稚園児にでも話すような内容の説明をしただけ。それこそ、
『それが、一体どうした!!何なんだ!!お前は一体、何を言いたいんだ〜!!』
 …と、言いたく成る程度の説明なのだ。おまけに、フィルムを外す時に下へ引けばスッと外れるものを、力一杯、手前へ直角に引くからフィルムは[パン!!パン!!パン!!]と、それはそれはけたたましい音を出している。
 それらを見聞きしていた私が最後に思ったのが、冗談か作り話と思われるかも知れないが、口にこそ出さなかったが本当に冷静な態度・心理状態で、
『お前、今すぐ殺したろか!?
 …と、殺意を持ったほど酷い状態であった。この一件以来、
「公立N病院に整形外科のN医師が居る限り、絶対まともな医者は居無いはず!!命が惜しかったら、絶対に公立N病院へは行くな!!
 …とまで公言していた。
 その後、耳にする公立N病院の評価はN医師を初めとして、最悪の役人根性丸出しの醜い話がゴロゴロ噴出した。ところが、この公立N病院に救急救命センターが出来たではないか!!それでも私は、平気で公言していた。
「あんなN医師が居る限り、救急救命センターが出来たって、大した事はできん!!
 …と言ってた矢先、N医師が医療過誤で患者を死なせてしまった。この医療過誤は、新聞ネタにも成ってたから、覚えている方々が大勢居ると思う。結果は、1980年代前半に四千万円とも八千万円とも言われる慰謝料を、公立病院故に税金から払ってケリが着いたと同時に、いつの間にかN医師は公立N病院から居なくなった。
 そして現在と言うよりN医師が居なく成って2年〜3年程してからか、まだまだ頭に血が上った医師や、頭も腕も性格も悪いと思われる医師が多い割に、公立N病院は救命救急センターがある関係で救急医療に関しては随分と良い病院に成り、市内で救急受付をしている民間大手病院でも手を焼くような重篤な患者を受付、それなりの答を出しているようだ。だから、
「私が胃ガンの時には、迷わず公立N病院へ行った」
 …と、言う次第。

《お断り》
@本文中、『頭に血が上っている医師』とか『頭の悪い医師』と表現しているが、医師に成る位だから記憶力を中心とした[学術的な部分の頭の良さと努力]は認めるが、それが『賢い人物=偉い人物=全人格者…とは、全く違う!!』と言う事実を表現しているだけ。決して、誤解されぬようお願いしたい。
Aそして『腕が悪い』とか『性格が悪い』と表現したのは、鍼灸師である私を医学・医療・臨床に全く無知な素人と決め付け、私の諸症状の訴えや治療に関する希望や相談を頭っから否定し小馬鹿にする医師が多すぎたから。
B入院して最初の担当医が、初診外来で診て貰った内科医。彼も当初は私の意見に対し随分と力づくの反対意見の対応をしていたが、入院してから話をしている内に、私の意見の裏付けとなる知識なりを理解してもらえ、的確な投薬もして貰った程。
C途中から、手術の為に外科医に代わったのだが、担当となった外科医は外科系医師独特のカンがある割に、内科医のような症状に対する細かい配慮が随分と欠けていた。それでも、数度にわたるCT検査や生化学検査(血液検査)などの結果、数々の諸症状や不定愁訴に対する鍼灸治療や代替医療の効果に関し、私の言い分が正しい事が医学的・科学的に証明された事もあって、平成17年2月以降は私の言い分を比較的聞くように努力はしていたようだ。
D幾ら鍼灸師の西洋医学的知識レベルが低いとは言え、年齢的にも生きている人間を診ている臨床経験も、私の方がズッと長いのだ。西洋医学のように、人間をパーツ毎に細分化して病気だけを診るのでは無く、パーツの集合体である人間そのものをトータル的に生きている人体を診ていると言う観点からすれば、決して同レベルとは言わないが麻酔科医と同じと考えて欲しいものだ。
Eただ平成17年頃より、厚生労働省の指導や財政難の県の指で、公立N病院の経営方針が算術医療と成った。だから、明らかに無駄な検査や処置が平気で行われている。例えば、私のガン再発騒ぎで行った個人負担の多い数種の検査や、死んだ親父の終末期の処置の内容と時期を考えると、駆け込み処置をしたといか言いようの無い内容であった。これについては、公立N病院に関係の無い複数の医師・看護師に内容を話してみると、明らかに驚きの表情をしていたから、私と同様の不信感を感じた筈。だから、決して私一人の独断で無い事はたしかだと思う。

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(2006/06/13(Tue) 01:30:11)

 不覚にも…一休み。
 不覚にも風邪を引いてしまい、3日(土)〜4日(日)には38.3℃程の熱があった。
 その昔、私の風邪引きを[鬼の攪乱]と言った患者さんが居て、[知恵熱]と言った患者さんもいた。一体、私は…。
 私の胃ガンに関し、入院していた病院では[超人・ハルク]、コンピューターソフトの先生は[(妖怪+化け物)÷2=私]と表現、ある医師は[悪運の権化]のように言い、[怪人・異人・霊気の人]と表現した京大医学部出のドクターが居た程。
 「私はダ〜レ、此処は何処?」と、思わず叫びたく成る程の表現だとは思いませんか(泣)。でも、本人は結構喜んでいたりして(笑)。何故なら、私の存在をチャンと正しく理解して貰えてるから。
 という事で、《私はガン患者》の続編は私の風邪が治り次第、書き込みますのでお楽しみに…(?)

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(2006/06/06(Tue) 23:04:47)

 <私はガン患者>C『手抜き診療しか出来ない大手病院の多くの医師達』
※その後、個人的な事情と体調不良や公立名古屋病院の問題医師の態度などから、2年で大学に別れを告げ希望の道を歩み始めたのだが、父親のたっての願いで鍼灸への道へと、再び方向転換する事となり、高松市の鍼灸専門学校(現・宇多津町)へ入学した。

※鍼灸学校の同級生に、琴平町出身の薬剤師・M氏が居た。2年生に成った時、M氏が鍼麻酔研究会を作るべく、高知市出身のK氏と相談していたので参加させて貰い、研究会同人としての付き合いが始まった某日、M氏が私に言った。
「近藤クン、君…いつも『シンドイ』って言ってるの、粘液水腫じゃないのか?」
「…どうなんだろう」
「君、新居浜市出身なんだろう?鍼灸治療で有名な新居浜I病院と縁故関係に成るんだろう?一度、相談してみたら?」
「…ウン、実は…」
 …と、前述の公立名古屋病院での扱いを話し、それ以前からI病院でも似たような対応しかされない事実を説明すると、当然、M氏は暗い表情で黙ってしまった。

※それから1年後、鍼灸国家試験前の冬休み直前の土曜日深夜、酔っ払い運転の車に実家車庫前で側面衝突された。事故直後は目立った外傷も無かった事から、日曜日の夜に授業のため高松市のアパートに戻った。
 月曜日の授業終了後、事情を知ったK氏に病院で受診する事を強く勧められ、アパート近くの個人病院に掛かったところ、
「典型的な鞭打ち症で、即入院が必要!!」
 …と診断され、即日入院する事となった。そして火曜日正午から、鞭打ち症の典型的な症状である頭痛・嘔気・眩暈・嘔吐を繰り返し始めた。随分と後に成って解った事に、側面衝突の為に胸椎7番がズレており、左肩背部から胸部にかけて、肋間神経痛どころか狭心症を思わせるような心臓に響く鈍痛様の疼痛を感じていた。

《参考》
※現在、[鞭打ち症]は[頚椎症]と呼ばれ、多くの場合に脳脊髄液減少症(低髄圧症候群)を発症し、聞く側に医学知識・臨床経験のある多くの医師にですら、全く理解不可能な真に不思議な自覚症状が出現する。これが悪化すると、パニック症状を引き起こし、どんなに説明しても、聞く側がますます理解に苦しむ諸症状の発作を起こす事となる。
 これを西洋医学的に治療するには、
「現段階では、ブラッド・パッチと言う外科的治療しか無い」
 …と言われている。今でこそマスコミで取り上げられる事が多くなったが、詳しくはインターネットで、[鞭打ち症はこれで治る]を参照して頂きたい。
《余禄》
※現時点で正確な治療が出来るのは、開発者のS医師や坂出市の某病院のY医師を始め、世界で5人程しか居ないと言われている。が、現在、研究中の医師が30人〜50人ほど居るというから、頼もしい限りではある。

※冬休みに入ると、投薬治療しか行われない高松Y病院から新居浜I病院へ転医し、鍼治療と投薬治療を受け、冬休み終了直前に退院して学業に復帰。春には国家試験に合格。保健所に免許申請をし、在阪の鍼灸専門学校臨床研究科に進学。昼間は吹田市の医院でアルバイト勤務をしながら、夜は授業に出ると言った毎日を過ごし、臨床研究科の終了と共に帰郷しI病院に就職をした。
 やがて年が明け春が来ると、持病の微熱と病的な倦怠感と疲労感に襲われ、それに鞭打ち症の諸症状が追加された事で、未経験者には絶対に理解出来ない複雑怪奇な不定愁訴に襲われる毎日を過ごした。それも3年目の春には不定愁訴は極限に達し、楽しみにしていた慰安旅行をキャンセルした程。それにも拘らず、私の身勝手と解釈したのか病院側は何故か私の診察や治療を全くしようとはしなかった。
 最後の手段として、比較的評判の良い実家近くのT医院へ有給休暇を取って行ったのだが、T医院ではI病院の健康保険証を持って来院した私を、対外的な問題で素直に診ようとはしなかったのだが、事情を説明して診て貰った。そして型どおりの血液検査・レントゲン検査・尿検査・心電図…等で出た答えが、
「少々、心臓肥大が見られるが特別悪い所は見当たらない。これ位なら、痩せたら良い」
 …と、言う。だが、こんな診断では、公立名古屋病院の問題医師やI病院の医師達と同じ素人並みの診方だ。第一、
『肥満や軽い心臓肥大くらいで、定期的に病的な疲労感・倦怠感・原因不明の微熱は起こる筈は無い!!』
 …と言う医学的事実は、鍼灸師の私と言わず素人ですら解るのに、
「心臓肥大があるから、痩せなさい」
 …と言う診断は、悪く言えば、
「幾分、詳しい検査までしておきながら、明らかな誤診をしている!!」
 …と、言える。院長の言葉に、思わず感情的に言った。
「そんな診断では、6年前に同じ症状で診て貰った公立名古屋病院の医師と同じ診方しかしていない!!違うのは、血液検査の項目と検査種類が幾分増えただけ。血液検査にしても、糖尿か通風を予測した一般的なモノだけ。公立名古屋病院では私の話を聞き、身体を一瞥しただけで『ソンナの、痩せたら治る!!』として、病的な疲労感・倦怠感を取る治療どころか、未成年の素人でも『何かオカシイ!!』と感じる位にまともな診察や検査すら面倒臭がり、『検査に異常が無い限り、此処では治療の方法は無い!!』と言って、治療を放棄された挙句、勤務先のI病院でも同じ事の繰り返し。薬剤師の鍼灸学校同級生からは、『粘液水腫じゃないのか?』とまで言われているのに…誰も相手にしてくれない。だから、我が命が大事と先生の評判を聞きつけて有給休暇まで取ってきたのに、此れでは何にも成らないどころか、ある意味、多くの医師や素人達から理由無く、『お前なんか、不定愁訴で苦しんで死んでしまえ!!』と言われ続けているのと同じ事じゃないですか!!」
 …と、喰いついた。すると今迄の医師達と違って、表現は悪いが人気稼業の個人医院である事と、院長が老齢の域に達していた事で、
「そうですか…ジャア、もう一つ血液検査をしてみます」
 …と言うが、医師不信・医療不信に陥っているだけに、再び言った。
「チョット、待ってください!!公立名古屋病院では、その医師が行った検査以外は一切無いと言われてるし、I病院でも同じ扱いの検査ばかり。その程度の血液検査なら、30数回の献血(当時)時の血液検査も含めて散々して何の結論も出て無い。だから血液検査は、結構です!!」
 …と強く言うと、
「血液検査と言っても色々とある。何の予測も立てずに、幾ら検査をしても解る筈が無い。多分、私の予測が当たっているでしょう…」
 …と言う事で、再び採血から今迄とは違った数項目の検査をした結果、[甲状腺機能減退症]が見付かった。だが、確定の為には基礎代謝の検査を受ける必要がある。検査は、設備のある医師会病院か県立病院で受けなければならない。そこで医師会病院で受けてみると、基礎代謝率−25%と出て、初めて甲状腺機能減退症と確定されたのだ。T医師曰く、
「思ってた以上に、悪い数値が出たナ〜」
 …と呟いた。

《甲状腺機能減退症の症状》
※この病気を発症すると、甲状腺ホルモンの産出量が減り、基礎代謝機能が低下し、粘液水腫という水太り状態の肥満が起こる。発病年齢によっては、知能の低下も見られる事もある。
 …故に、
「私の場合は、『痩せたら治る』のでは無く、甲状腺機能減退症を治さないと痩せないし、病的な疲労感や倦怠感は取れない」
 …と言う事実だったのだ。
《私の迷言?》
「私の場合、発病年齢が解らないのだが、多少、性格破壊(笑)、知能低下(笑)が、随分と見られるから、若年性であったのか?』
 …と、感じる次第(笑)。

※その後も、I病院では相変わらず検査や治療どころか診察すらしようとせず、何故か私の存在そのものを無視する以上に敵視していると感じていた。だからI会長の絶対命令で私の検査や治療を指示されているにも拘らず、院長や副院長は積極的に何もしようとはしない。
 数日経った某日の午前中、I会長が私に聞いた。
「近藤先生(私の事)、院長に診てもらったですか?」
「…イイエ」
「旅好きの貴方が体調不良で慰安旅行をキャンセルした程なのに、何故、診てもらわん!!」
「何故?…と言われましても、以前、体調不良で仕事に成らない状態だったので、受付を済ませて緊急治療をお願いしたのに、院長からは『職員も患者も関係無い。順番が来ないと診れない!!』と言われてましたので、今回は受付を済ませて何日にも成るのに、未だに順番待ちの状態なんですョ」
 …と、その原因と成った状況を詳しく説明した。
「…私から、もう一度よく言っておくから…必ず診て貰うように!!」
 …と言うと、I会長は傍に居た助手を受付に走らせた。正午間近に成った頃、I会長が自室に入った隙に院内電話が鳴った。助手が、電話を取ると言った。
「近藤先生…看護師が『今すぐに1診へ来るように』と、言ってきてますが」
「いま治療中なんで、すぐ終わるから暫く待ってくれるよう伝えておいて」
「解りました」
 …そして内線電話で長々と話をした挙句、
「先生、看護師が『今すぐ来ないと診れない!!』と、言ってきてますが…」
 …と言う。その言葉にマジ切れした私は、
「ジャア構わんから、『私の事は良いから、昼休みに入るなり何なり好きにしてください』って言っといて…」
「宜しいんですか?」
「宜しいんですか?…と言われても、僅か数分も待てないと言う人間を待たせる訳にもいくまいだろう」
「…」
 …と、助手とゴチャゴチャ言ってる間に目の前の治療を済ませて第一診察室に行くと、数人の看護師達が私の顔を見てニタニタ笑っている。そのうち、一人の看護師が口を開いた。
「院長先生サマを待たせて〜、気の毒とは思わないノ〜?」
 …と、馬鹿丸出しの白痴的(差別用語と言うけれど…)発言が出た。それを無視して診察室の奥へ行くと、院長が副院長と二人の婦長を前に深刻な顔で話をしている。私の顔を見ると、黙ったまま血液検査用紙の束を差し出した。フッと内容を見ると、女性専用の血液検査の項目以外の全てに印が付いているではないか!! 思わず心の中で叫んだのが、
『何たる無様な!!』
 …で、あった。何故なら、
@鍼灸学校同級生の薬剤師・M氏は、見た目と症状から私を粘液水腫と診ており、
   少なくても、その時点で甲状腺機能減退症を予測していたのである。
AT医院院長の場合、一度は『問題無し。痩せたら治る』としたものの、
   公立名古屋病院からの経緯と、M氏の発言をしただけで、
   甲状腺機能減退症を予測して再検査の結果、見つけたのである。
Bにも拘らずI病院の三人の医師達が、
   M氏の発言を何度も伝えたのに、
   甲状腺機能減退症の予測ができなかったと言う事実は、
C医師として、私と言う患者に対し責任を持って診察に取り組んでいなかったのか、
       甲状腺機能減退症を予測するだけの医学知識が無かったのか、
       平均的な医学的判断能力が一切無かったのか!!
 …と、言う事実である。
 I病院での全血液検査の結果、T医院と同じく甲状腺機能減退症の結果が出た為、今度は県立病院へ基礎代謝検査を受けに行った。数日後、その結果を見た副院長曰く、
「チョットは予測していたが、此処まで酷いとは思わなんだ」
 …と行った迄は良いが、ヘラヘラと笑った程だから随分と舐められたものである。

※此処まで書いてしまうと、身内範疇の医師や医療関係者達の悪行暴露本的な内容に成ってしまたが、これはあくまで事実であり、皆さんも多かれ少なかれ似た行為を受けた経験がある筈…だと思う。心ある医師が経営する病医院や、心ある医師が多く居る病医院では、全てが仕事優先、言わば患者中心で治療がスムーズに運ばれているのが普通だと思う。
 甲状腺機能減退症くらいなら、医学や診療の勉強に熱心な医師であれば、僅か数度の診察で見当が着いてだと思う。少なくても自分が解らないとか疑問が出た場合、問題意識を持って他の医師に診察依頼をする筈で、決して見た目だけの思い込み診療や、自分の手に負えない患者の抱え込みは絶対に出来ない筈なのだ。それら当然の事が出来ない医師は、
「見た目だけの判断、簡単で一般的な数項目の検査結果のみで判断しようとする態度では、その程度の診察や検査では絶対に判断できない病気や諸症状で苦しんでいる患者達の身体や心理状態は、決して理解出来ない。同じような理由で苦しんでいる者でないと、絶対に理解は出来無い!!」
 …と、言う事実である。
「治療する側は、元気でなければ成らない」
 …とも言うが、手術が必要な外科的治療や救急医療の場合は絶対的真理であるが、基本的には、医師自身(治療する側)に一切の経験が無いから、患者(治療を受ける側)と言う他人の苦しみを絶対に理解出来無い藪医者である事に間違いは無い。
 [元気だ]とか[比較的、健康である]と言う医師が、そんな自分を基準にして平均的には心身共に弱い患者の不定愁訴を軽く判断し、憂さ晴らし的に患者という弱者イジメを決してしてはいけないのだ。

《私流医学的仮説》
@甲状腺機能減退症を治療すれば、
  主症状の病的な倦怠感・疲労感が取れ、
   頭痛・吐き気・微熱などの二次的症状も、自然に少なくなると思う。
A理由は、自然治癒力・免疫力の関係で自律神経の働きが正常に成り、
      身体機能全体が正常化するから。
B身体機能保持は自律神経だけが全てでは無く、
    ホルモン系・免疫系の二系統を足した三系統が絶対的に必要だから。
                                ……以下、次号で。
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(2006/06/02(Fri) 00:19:52)

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