「第4回 石鎚杯空手道大会」

 第3回までは西条市で行われていた石鎚杯。昨年は仕事の都合で欠席し、今年も行ってきました。・・・って言うと、以前の愛媛マラソンと同じく、「試合に出たの!?」って聞かれましたが(笑)、もうボチボチ~私の語り口に慣れて欲しいナ~(笑)ってか。第一、少年空手大会だから、還暦のオジンが出たいと言っても絶対無理!!(笑)

  大会に出ると言ってもボランティアの選手係で防具の取り外しや選手を集めるのが仕事だが、今年は少々出世?して試合のタイム係と小豆袋投げ。小豆袋は、熱中した選手や応援で騒がしい会場では、試合終了の笛の音が聞こえにくい事もあり、超大型のお手玉みたいなヤツを、主審の目に留まり易いコートの真ん中辺りか選手の近くに投げるのです。でも決して投げ付けるんじゃ~ありません(爆)。そんな事したら、選手や他の猛者にボコボコにされますよ(笑)。

 

 そのタイム係の筈が、2日前ほどに成って大会の世話係の分支部長が来られ話をしている内に、試合の模様を撮るカメラマン役のお鉢が回ってきた。私にとっては、タイム係よりカメラマンの方が性格的に合ってる・・・と思い(笑)、即答でOKの返事をすると、即電話連絡で役がコロッと変わりました(笑)。

 

 前日の土曜日、レンズ交換式とコンパクト・デジカメのバッテリーを降る充電し、夜にはフラッシュメモリーとSDカードを買いに走りました。

  当日は普段より1時間ほど早く起床し、道具を抱えて会場に。でなければ、荷物が多い故に駐車場の条件の良い所に停められないから。会場に入ると下準備をし数箇所ほど風景を撮り、10:00からの試合に向けウォーム・アップ。空手の試合に出る訳じゃ無いのに、「何故、ウォーム・アップが必要か?」って言うと、心理的に撮る対象物と同化しないとシャッター・チャンスを逃します。だから、何試合も撮ると随分と疲れますよ。

 この日、私の通う道場の子供達や父兄が応援に来てたけど、私の姿を見た途端、「戦場カメラマンみたいだ~」って笑う位に、多くの年老いたカメラマン?って何故かベストを着るんですね~(笑)。 移動中には大事な道具は専用のアルミ・バッグに入れているが、現場では効率よく動く為にポケットの多いベストがベストなんですね~、チョッとオヤジ・ギャグに成りましたが(笑)。 ただデジカメに成ってからはフィルムの心配が無いから良いようだが、やはり貴重品や諸々の物を入れるのには便利。本部席から少し離れた場所に置いた大道具には、バッテリーを即充電できるように準備もしてるから手馴れたもの。

 

 撮影は、開会式から選手宣誓まで一通り撮影、試合の半分位までは全試合撮り、後半戦はカット数も減らして撮影。表彰式も、過去のカメラマン役の方々では撮り切れなかったアングルで数カット。レンズを向けられた子供達は、賞状とトロフイーを受け取る時には変に緊張するのに、二重に緊張してたっけ(笑)。 とは言うものの無事に大役を終え、デジカメ故の便利さで映像カットの確認も済ませデーター類はHP担当者に渡して解散。

 私がタイム係からカメラマン役に変更に成ってたのを忘れてた世話役の一人が、試合が始まる前に少々・・・だったが、「スチール写真⇒セミ・プロ」で「テレビ系の動画⇒元プロ」である私の全体の撮影時の動きを見て、随分と喜んでいました。だってネ~、普段の動きや空手の動きを見てたら、カメラを持って走る&動くの私の姿は・・・決して格好良い体型では無いが(笑)、同一人物には感じない筈!!(爆)。

 

 で報告終り。撮影結果は、極真会館愛媛支部のブログを見て戴けたら幸いです。

 

駆け足人生?

 年が明けたと思ったら、もう五月。歳を取ると時間経過が早いと言うが、本当にアッと言う間に人生が終わる感じ(笑)。

 

 今年も野良の節句働きの最中。ボランティアに行ってる県総合科学博物館では、多分、テンヤワンヤの大騒ぎに成ってると思うが、私は用事の無い日曜日にしか活動できないからナ~。

 博物館側としては、イベントや企画展は新規のボランティアやアルバイトで何とかなるが、常設展ナビゲーター&各種のイベント補助&企画展展示員としてフルに活動出来るのが、職員以外では何故か私一人。職員にしても、自分の持ち場以外は私を充てにしてる部分があるから、トータル的に動ける私を頼ってるらしい。

 本当は、6日の日曜日はGW最終日だから活動に行く予定だった筈が、如何しても手の離せない所用が出来たため慌ててキャンセル。きっと怨まれてるだろうナ~より、煩いオッサンが居ないから皆さん伸び伸び仕事をされてるかも知れない(爆)。

 

珍しく「連休のお知らせ」です。

 原則的に正月の1日と2日にしか連休を取らず、後は日曜日のみの休診。祝日も治療をしており、地方祭ですら曜日によっては仕事をしてる・・・早い話が、世間様では『野良の節句働き』言うらしいが、そんな院長が珍しく連休を取る事に。

 

 とは言っても、二年に一度は十月の第二月曜が体育の日と言う祝日で日曜日と絡んで連休に成る日に市鍼灸師会から研修旅行には行ってるから、まだマシか?

 

 で、今年はその研修旅行の当たり年の上に、8月25日の土曜日と26日の日曜日に、東京での学会出席の為に連休します。

 出発は24日の金曜日、東京行きの夜行高速バス・パイレーツ号で行き、帰りは26日の夕方、羽田発・松山行きの最終便の飛行機で帰ります。

 本当は、「飛行機が嫌い!!」なのです。何故かと言うと、病的な高所恐怖症だから(笑)。ところが、病的な閉所恐怖症と暗闇恐怖症を持ってる割に、高速バスが23:00を過ぎるとカーテンを閉めてしまうから暗い閉所に成るから随分と怖い筈が、何故か怖く無いのです(爆)。

 てな事で、予告。

 

8月25日(土)26(日)悪しからず連休・休診とします。

予定⇒10月7日(日)8日(月・体育の日)連休・休診とします。

定期的に来てる患者さんは、来院日の変更を御願い致します

 

反省の毎日。

 お久しぶりです。

 ブログは毎日更新する方が良いのだが、毎日バタバタして合間に書いてはいるが、新しいPCの機能に慣れない事で、同じ失敗を繰り返しながら保留のままに幾つかの原稿が・・・(-_-;)。その一つに「しおかぜウォークなのはな大会」がある。また・・・いずれアップします。

 

 昨日、「ウエルピア伊予」って元々は厚生年金センターだったらしい施設を伊予市が買い取ってリゾート型ホテルとして経営してる所で、[第11回・えひめ鍼灸まつりIN伊予市]が開催。当然、私も応援に参加。今回の行事で\(◎o◎)/!したのが、元々、ワガママ集団だった県師会が反会長派と反副会長派に分裂している様子。だから、行事の種類によっては大きく分けて中間行事と会長派行事と副会長派行事のどれかに分裂してるケースが最近、目立つように成った。こんな事をしてては、何の為の会か解らないが、日本鍼灸師会そのものがその辺り同じ動きをしてるから地方師会がバラバラでも当たり前か。愛媛マラソンの時にも、県師会の分科会のスポーツ・セラピー会員には交通費補助を出しながら、私のように会の行事として参加した会員には何の補助も無いまま。今回の[鍼灸まつり]では出ましたけど(笑)。

 

 このように、本業の行事参加や闘病生活、本業のバタバタでブログの更新すらままならない。何とかならないか~と喚いても、無理か(爆)。

 

愛媛マラソンに参加?

 
「愛媛マラソンに、参加してきました」・・・とは言っても、県師会からケア・ボランティアに参加。
「今度の愛媛マラソンに・・・」と言っただけで、大体7割前後の方々が「走るの?」って聞きますが、冗談でも止めてくださいね~(笑)。
大体が、ウォーキングと多少の心得がある空手なら解らんでもないが、走るって事に全く縁が無い私に「走るの?」って、冗談交じりで聞かれる事は嫌ですね~(笑)。
 
今回の愛媛マラソンは50会目となり、高橋尚子選手や土佐礼子選手、その他の名だたる方々が招待選手として参加。おまけにレース中盤から二人の選手がデッド・ヒート!! 優勝選手がゴール手前200mあたりからラスト・スパートをし、結局2秒差で勝敗が決まった。ケア・ボランティア用のテントがゴール脇の僅か30m程傍にあったkら、結構、見ごたえがありましたよ。
 
 
 
 今回の参加にあたっては、集合時間がレース当日の06:00だから土曜日から泊りがけに成る.例の2000円切符が使えず、土曜日に仕事が終わった19:47発の鈍行電車で行く事になり、結局は1750円の普通運賃切符を買った次第。顔見知りの職員の若者に、「チョッと、損した気分ですね」って笑われた。
 
 今回は妖怪オバチャンに会うことも無く22:20過ぎにはJR松山駅に着き、駅前からホテルに電話を入れて歩いて松山市駅前のホテルへ。
松山には「松山駅」と呼ばれる駅が二つ。JRと市駅。何年か前、路面電車環状線で「松山駅へは、どちら周りが早いですか?」って聞いたら、「松山駅は二つある」って念を押された事があり、改めて認識した次第。田舎者は駄目ですね~(笑)。
 
  明日のレースでゴールとなる堀之内の堀端を通り市駅へ向かった。明日の仕事場は、何故かJRと市駅の中間にある。便利が良いといえばよいが、荷物を抱えては疲れます。
ホテルに到着後、カウンターで料金を前払いし、初めて利用だと言うとチャンと案内してくれた。
私のベッドは二段重ねのカプセルの上。強度の閉所恐怖症と高所恐怖症などを持ち合わせている私は予約した時点で少々後悔はしていたが、いざカプセル内に入ってみると何も心配する事はなかった。圧迫感も無く、座って着替えや荷物整理をする限り何の心配も無い。快適である。最初にカプセル・ホテルを考案し実践した人は天才だと思う(笑)。
 
  一通り荷物整理をすると、腹が減っている。こういう時って何故か本前の仕事が忙しく、バタバタとして夕食もあまり食べないてなかったので、ブランデーの水割りと非常食?と朝食用にと用意していたカップ麺を食べ、少々危険なんだが睡眠薬を飲み、携帯電話の目覚ましアラームをセットして爆睡。
 
 
  朝は、スッキリ&クッキリと目覚ましが鳴る前に目覚め、着替えを済ませてカップ麺を食べ会場へ。
 
  会場には、参加会員のほとんどが集合し準備が始まっている。挨拶をし、準備をしていると地元の会員が自転車でやってきた。スタッフ・ジャンバーを渡そうとすると、「本日は選手として走る」と言う。私より3歳もオジンなのに頑張るな~。
 
  やがて疾走前の選手がケアにやってきた。近くには製薬会社の看板を挙げたテントがあり、テーピングをやっている。何故か、そちらの方が繁盛?している。多少、時間を持て余し気味ながら、僅かレースが始まる1~2時間ほどで50人そこそこのケアをしている。後はレース後に忙しくなるという話。打ち合わせや足りないところの養生をしている内に弁当が来ている。他のテントの役員やボラ参加者達が弁当を食べてると思った。時計を見ると11:00過ぎ。今の内に食べておかないと、09:30スタートだから、早い選手は12:00前には帰ってくる。
 
  7インチのTVを持ってきていたメンバーが居たのでレースの生中継をみていると、フル・マラソンでは珍しいと感じる事が起こっている。コース後半で、二人の選手が首位爭いのデッド・ヒート!!三位以下の選手は見えない。画面で見る限り、疲れた様子なんぞ無い!! 思わず、「凄いレースをやってる!!」って言った程。しばらくすると会場の堀之内に帰ってくると言う。ゴール傍のテントに居ながら、慌ててゴールの見える場所に走り、シッカリとゴールの瞬間を見てきた。1位と2位の差は僅か2秒。フル・マラソンで後半に凄いデッド・ヒートを繰り返した割に、二人とも普通に歩いて控え場所に。テレビカメラや記者は、2位の選手を後目に1位の選手を追う。この辺り、勝負の世界の厳しいところか。
 
  その後、続々と選手がゴールをし手続きの終わった選手達が足を引き摺りながらケアテントに集まり始めた。
テントに戻り、交代でケアをする。メンバーとベッドの数とケア希望の選手の数の問題で、一人10分~15分迄。手の空いた会員は集まる選手の整理役。これも交代。連絡時には、「呼び込みしてきて(笑)」が合図(笑)。
見てると連絡していた患者さんが待合椅子に座っている。私に気が付いてない。前に立ちはだかってもても下を向いたまま。
そのうち顔を上げ私の顔を見て再び下を向いたが、再び顔を見て飛び上がって驚いた。失礼だな~。
で、順番が来たが私の担当ベッド無かったが、事情を話して私がケア。
 
 もう一人。新居浜選出の県会議員が完走をしたのは良いがボロボロ状態で、仲間に肩を支えて貰ってやってきた。彼は元々、新居浜市議だったが県会に行った人で、市議時代から私の事を知っており、後々知った事だが極真空手の元同門。私のケアに悲鳴を上げるから、「ヤメテよネ~、虐待してるみたいじゃないですか」と言うと、「虐待の方がマシ~」と言う話。「極真の回し蹴りの方が痛いでしょ」「回し蹴りの方が痛く無い~」と言う、何とも虐待好きのサド的な乱暴者扱いをされてしまった(笑)。
 
  やがてレースも終わったが、テントは16:00には明け渡す事になってるので15:30には終えて撤収。気の毒だが後半にゴールした選手ほど状態の悪い選手が多いので、我々の所では手の施しようが無い事となる。その場合は、救護の方に回って貰った方が良いという話。
 
  16:00過ぎに反省会を開いて、私だけ16:20に失礼し、市駅へ行き所用を済ませて17:20発の新居浜駅行きの特急バスに。何故、帰りはバスかっていうと、多分寝てしまうから終点が新居浜駅のバスの方が乗り過ごしが無い(笑)事と、本来なら1500円の料金が1200円に成ってる回数券が一枚残ってたから・・・と言うのが理由(笑)。
 
    
 バスはJR松山駅を出ると松山市駅で停まり大街道で停まるのだが案の定、大街道で停まったまでは記憶があるが、目が覚めたのが西条市に入ってから・・・と言う事は、一時間半は爆睡してたことになる。さすが経験者だと感心(爆)。西条駅に停まってから新居浜駅までの間、やはりウツラウツラとしており確かな記憶が無い(笑)。新居浜駅では私を含めて5人の降車。駅前ロータリーに入った所で愛妻の車を確認直が、愛妻からの電話。「お父さん、バスが着いたわよ!!待ってるよ!!」と言う。「車を確認した」と言って電話を切り、寝ぼけ眼でヨタヨタと最後尾のシートから狭い通路を通り下車。
 そうそう、西条で目を覚ました時、小用に行きたく成ったが目覚めと共に何時もの電車でないから「トイレ~」っても間に合わない。おおよその見当がついてたからバックの一番上の取り出しやすい所に簡易トイレを用意してたから用を足してたのだが、下車次第始末をする予定だったから、一度、駅の待合室に入り燃えるゴミのゴミ箱に入れちゃいました。で、何食わぬ顔で愛妻の車に乗り込み帰宅。 
 
 
 
 自宅に戻り、風呂に入り。、ようやく真面な食事を済ませて就寝。
このブログも、新しいPCだから慣れてないし仕事の合間に書いてから丸一日半もかかりました(笑)。
 

年始めから

年始めから挨拶のみで冬眠してました・・・と言うより、何故かバタバタしており時間が無かったです。
その割に、元旦には金毘羅さんツアーを。
8日には金毘羅さんウォーキングと称した大会があって参加。まさか2週続けて金毘羅さんの階段を上るとは思わなかった。
コース確認した時は、金毘羅さんが外れてたんですよ。ところが、当日行ってコース地図をいただいて確認してみると、金毘羅さん本宮もコース内に。タラ~ッとしながらも、20㎞の健脚コースを脱落する事も無く完歩。
15日には倉敷の由加山神社参りに。例の2000円切符で坂出で乗り換え児島まで行けるんですよ。
此処では殆どが平坦なコースだが、由加山の旧表参道がコースに成ってたのだが、非常にキツイ道で、寒さ対策の服装だけに、途中で下の服を一枚二枚と脱いでいく。
思わず、「ゴール(由加山神社)迄に何人スッポンポンに成っとろか?」って言葉に、女性ですらケラケラ笑ってる。
やがてゴールしてから昼食タイムだが、電車の都合で殆ど時間無し。それでも厄除けのお守りだけはシッカリと買ってましたが(笑)。
やがて下山と成ったのだが、さすが2週連続で参加したもんで、前々から仲の良かった人達に加え数人の人が大事にしてくれ、「一枚余分に貰った」って、シールタイプのお守りを戴いたり。
途中、14㎞のファミリー・コースの綿々と児島駅の一つ手前の駅で合流し休息タイム。結局、21㎞健脚コースで参加した筈が・・・脱落組に入ってファミリー・コースの方々と帰りました。
それでも児島駅でマリン・ライナーに乗り換えた為、ついでに高松駅まで乗り、駅構内の名物の讃岐饂飩を食べて10分後に発射の鈍行に乗って帰りました。
そして29日、お椿さんの愛称で名高い神社の福参りに行きました。
これで、今年が本厄の還暦年男が、神社仏閣巡りをしてきたという報告でした。
で、今度の5日、全国区と成った愛媛マラソンが50回目を迎え、県師会の方からケア・ボランティアに出かけます。
集合が当日の06:00と言う事で、前日の土曜日に仕事が終わってRFLの時と同じく19:47発の鈍行に乗り、松山市駅前の一泊素泊まり2800円のカプセル・ホテルに泊まります(笑)。
今年は年始めから何やかやと、チョッと飛ばし過ぎなのか、時折、軽い動悸を起こしながらの暴走。自分で思ってるだけだろうけど(笑)。
それでは。
このブログから、昨年秋に買った新しいPCになってます。当然、ルーターで繋いでます。
 

謹賀新年

 明けましておめでとう御座います。本年も、つまらぬブログをご贔屓下さい。

 本来、元旦・・・1月1日に成った時点で書く予定が、氏神様にお参りして、夜が明けてから金毘羅さんツアーに出掛け、2日には科博へ初ボランティアへ行き、3日の今日から仕事始め。老体には少々堪えた正月ゆえ今頃に・・・済みません。

 金毘羅さん参りには読売ツアーで行ったのだが、昼飯時には狙われたように必ず個人的にトラブルが起こる事から、滅多な事では読売ツアーを使わなく成っていた。今年は何故か昼飯ではトラらなかったが、読売ツアーと提携していた土産物店でトラぶり、添乗員にはその旨を伝えておいた。そして過去のトラブルも。随分と不思議がってたけど事実は事実で、営業所の所長やら計画を立てた担当者が泣きながら断りに来た位だから、営業所としても随分と酷いトラぶりだった筈。それが、添乗員の耳に入れてないのも不思議。

 

 2日目の科博でも、チョッと慌てたトラブルが面白い結果に。

開館以来17年間、大人しく動いてた恐竜2体が5日から解体作業に入り、3月24日から新しい恐竜が登場する予定。その古い恐竜のお別れ写真撮影会と成ったのだが、見てると中に入った来館者が撮影に夢中に成って危険防止のセンサースイッチを平気で蹴飛ばしている。此れが壊れると、時間に恐竜が動かない。遠くで見ていた本部長に言って、センサーカバー用の段ボール箱を用意させ被せてみると案外と良い結果。

 安心したのも束の間、そのまま続行させていると、来館者が撮影に手間取ったり受付してる女性担当者に撮影を頼んだりして、なかなか進まない。側で見ている私ですらイライラし始めたので、再び本部長に進言。「あんな事してたら、時間ばっかり喰うから、私が撮影に入って良いか」って言うと即OK。倍近いスピードで流れ始めたから凄いの一言(笑)。撮影途中から、スチールがセミプロで動画が元プロの私故(爆)、シャッターを押す前に人の配置やら何やら指示するし、三枚限定でシャッターを押し「映像確認だけしといてネ!!」ってサッサと退場させるから、早いの何のって。逆に、一瞬戸惑ったのがインスタント・カメラ。そう、一般名で言う「写るんです」ってヤツ。思わず、「アナログか!!」って呟いた程(笑)。で、三台程ありました(爆)。

 で、科博最後の大トラブルが、本当は「見なかった事にしておこう」って話になってるんだけど、私には責任が無いから暴露しちゃいましょう(爆)。

 撮影会最後の方で、私の撮影姿が余程熟練者(「部分正解?」&「爆!!」)と見たのか、撮影してる私の後ろでチョロチョロと撮影してた女性、私が動いた拍子に避けたのは良いが足元で「パキ!!」って音がした。二人で足元を見ると、小型恐竜(名前知らず)の左後ろ足を踏んづけて見事に指が根元から折れて埋もれてる。されも3本共。その女性、顔色変えて「済みません!! 調子に乗って、トンでも無い事してしまった!! 私、どうしたら良いですか!?」って私に言ったが、私は単なるボランティア。「私はボラ、どう言われても・・・」と言いつつ、傍に居た若い社員に、「私じゃ何とも言えないンジャ。君が何とかしてヤ」って言うと、「僕に言われても困ります」って顔色変えて言うから、「本部長はあそこ」って雰囲気で目で合図すると、素っ飛んで行った。

 私は撮影を続け、合間に様子を見ていると件の女性も行って何か言ってる。この辺り、ボラの私は口を挟める立場じゃ無いから黙って聞いてると、結果は責任問わずのままで帰って貰った。で、壊れたモノは壊れたんで仕方が無いので修理しようかと話しながら行って見ると、指が折れた足の底から可動式の金属の棒が深く埋められており取り外せない。結局、現場の最高責任者曰く、「見なかった事にしときましょう」と言いつつ折れた指を整えてその場を離れた。

 私を含めた大事件(笑)の関係者は壊れた恐竜を再利用するのかどうするのかは知らないが、細かい事を言う県職員が知ったら大騒ぎするだろう。その分、関係者は口頭注意とかに成るだろうし、ボラと言えども私の扱いも悪くなるだろう。

 でもね~昨年からズ~ットだけど、私が動いたら何かが起こる)って感じがする。昨年で大殺界が終わったと思ってたのに、今年は私・・・本役なんだって!! 此れでは残った人生全てが凶の世界に成ってしまうでは無いか!!(笑)と感じるが、「運がかなり強い」と言われているから、自重すれば大きな災厄は無いと思います。少々の災厄は、笑って吹き飛ばせ!!・・・ですか。

 

大晦日

 色々あった今年も本日限り!! とは言っても、何の前触れも無く大災害が起こらない限り暦が代わるだけで、日々、同じ事が繰り返されるだけ。

 昨夜、仕事が終わってからレイト・ショーの映画を観に行った。タイトルは「連合艦隊司令長官 山本五十六」。

 真珠湾攻撃から70年。終戦から66年。一つの区切りからか、戦艦大和の奇跡の生還者の講演も聞きに行ったり、表現は可笑しいかも知れないが、今回の「山本五十六」は戦争娯楽映画としてより人間・山本五十六を表現しており、息子が通う大学の映画オタクの先輩は「面白く無かった」と表現したが、娯楽としての映画じゃないから面白いと感じる筈は無いのは当然。内容に関しては・・・、戦記オタクに限らず戦争嫌いの方にも見て戴いて、「平和とは何か!!」「命とは何か!!」「死とは何か!!」「生きる意味は何なのか!!」・・・国が始めた戦争で、多くの人間が、個人的に互いを知らない人間同士が、何の憎しみも無いままに殺しあい、また戦火から家族を守る為、当時の方々は何を考え何をしてきたか。・・・部分、そんな問い掛けの映画だったように思う。

 大東亜戦争と呼ばれる第二次世界大戦。当時の若者は「どう死ぬか」の議論が盛んだったようだが、今は「どう生きるか」。時代が変われば考え方も代わるのが世の常だが、先人達のお陰で今の平和がある事実。今の若者の中には、「この国(日本)で戦争があったんですか!?」って言う酷い発言をする者も居ると言う。

 世界情勢が、何時、戦争が起こっても可笑しく無い状態になってきている。年が明けると辰年。辰年は荒れると言うし、マヤ歴でも大災害が起こるらしいと言う話。

 未来の事は、予測が出来ても成ってみないと誰も解らない。

 このブログを覗いて戴いた方々に感謝し、また懲りずに来年も覗いてやって下さいネ。出来たら、コメントも多く欲しいです(笑)。

 

今日から年末三連休。

 三連休と言っても、私は仕事中。時間の合間を縫って記録中。

 ただ、私がボラに行ってる愛媛県総合科学博物館(以後・科博)では、本日から25日までクリスマス・イベント真っ最中。高校生や他のボランティアさんの活動は昼間がメインだから、私のように仕事が終わってから短時間活動も珍しいらしい。

 普段の科博は09:00~18:00迄の開館時間だが、クリスマス・イベントの時だけは09:00~21:00までの開館。夜に成ると、いま流行の電飾・・・では無く、ガラス張りの円錐形のメイン・ホールの内側からや、白いプラネタリウム・ドームの外壁に、動くライティングで来館者を楽しませている。その他、芝生張りや噴水のある池には簡単な電飾があるから、ラブラブのアベックや小さい子供さん連れには宜しいかも。

 ただ寒空の夜と言う事と、今年はクリスマス寒波の関係と、科博自体が山に近い場所にあるから随分と寒いんです。ラブラブのアベックには部分、都合が良いかも(爆)。

 と言う事で今夜から三日間、仕事が終わってから科博に行きます。

※科博にもHPがあるから、一度参考に覗いてみられては医如何だろう。

 

今年も、あと3週間。

 色々とあった2011年も、あと3週間程を残すのみ。

 来年は辰年。還暦の私の干支。当たり前か(爆)。

 2010年の夏の猛暑から体調を崩し、その後の冬の寒さで可笑しく成り、天候不順の夏を通り越して、この冬の天候不順の冬の寒さで体調が崩れっ放し。「何とか成りませんか~」と言っても、絶対無理!!(笑)。

 毎度、当ブログにコメントを戴いてる方々にも大感謝!! 折角覗きに来て戴いた方々にも御願い。コメントを下さいネ。覗いた以上は、御願いします(笑)。

 今年の12月8日は、真珠湾攻撃から70年。地方新聞の愛媛新聞にも、それらの記事が出ていましたし、戦艦大和の奇跡の生還者で、最後の語り部と言われている八杉康夫さんの講演も聞いたり。特別、戦争に関する色々な話も聞きました。

 映画「男たちの大和」の戦闘シーンには、八杉さんの話を元に撮影された6カットほど有ったと言う。紙幅の関係で全部は紹介しにくいが、結局は「死ぬな。生きて帰ってこい」と言う・・・命の大切さを物語っていると思います。

 経済を順調に伸ばそうと思ったら、やはり戦争しか無いと言う事実。第二次世界大戦後、幾つもの戦争があり、未だに冷戦状態の国もある。身近な所では、アメリカとロシア、そして韓国と北朝鮮。

 政治的な国際会議などでは、日本は適当にあしらわれている事実。アメリカにですらだ。理由は、軍隊が無い事が原因。諸外国から言わせれば、自衛隊は軍備を持った国営の警備会社にしか過ぎない訳だ。

 こう言う話をすると右翼的な輩と言われるのだが、軍隊は絶対必要です。何故なら、警察や消防や海上保安署がある限り、個人が護身術としての武道なり格闘技を習う必要は絶対に無い筈なのだ!! あの永世中立国であったスイスでさえ、国際的に自国だけでは国民を守りきれないからと国連に加盟した事実。

 日本の政界が混沌としてる上に、平均的な国民が生活するのに喘いでいる理由。一言で言えば、総理大臣はじめ各種大臣や官僚に、誰一人として貧乏人が居ない事と、大臣や官僚が政策なり何なりが失敗しても、民間のように失敗した個人が責任を取らなくても良い仕組みに成ってるから。

 大臣が問題起して大臣職を降りても、議員を辞めた訳じゃ無い。責任を取った格好で大臣職を降りただけ。本当に責任を取るなら、議員まで辞めるべき!! ついでに、人間も辞めた方が良いと思う。

 過去の総理大臣の中で最後の大物総理と呼ばれているのが、田中角栄氏。何故なら、中学しか出ないで一国の首相になったから。それだけでは無く、殆どの人々が知らない話。陰で随分と自腹を切って、人様・・・国民の為に活動していた事。別に彼の世話に成った訳じゃ無いけど、今の二世・三世の坊ちゃん議員の体たらくを見ていたら腹が立つ。

 年末に当り、まだまだ言いたい事・書きたい事は随分とある!!

 それらはオイオイとして、来年は干支の辰年の通り・・・辰年は荒れると言う。おまけに、噂のマヤ暦では歴史に残る大災害なりが起こって多くの人命や文化財が消えると言う話。

 歴史的に見ても、昔の世界大恐慌の時の太陽の黒点の活動が、現在とソックリだと言う。この話、一言居士の方々に物言いが付くと思うが、俗に言う正確に残っている歴史上の事実とエビデンスが見事に合致している以上、この話を否定するのは感情的な話となります。「感情的では無い!!」と言うなら、歴史的事実とエビデンスを根底から覆す新事実とエビデンスをお持ちだと思うので、聞いてみたいと思います。

 紙幅の関係で飛び飛びな話に成りましたが、来年は各分野で少々荒れるのではないかと予想してます。

 今年も大晦日まで仕事はしています。博物館のボラ活動も、私の仕事が終わってからのクリスマス・イベントの活動で終り。挨拶出来なかったらいけません。「皆さん、良いお年を!!」・・・チョッと、早過ぎるか(爆)!!