Archive for 5 月 17th, 2018

訃 報

歌手の西城秀樹氏が亡く成ったとテレビが報じ始め、過去の栄光をビデオで流し始めた。最近、芸能人の訃報や殺人事件の話が後を絶たないような気がする。西城氏は私より1~2歳ほど若いのだが、もう高齢者と呼ばれる年代。方や、何の罪も無い幼い子供達や幼児が次々と殺されていく。理不尽な話である。
少子化の現在、まだ人口が減っている。減っていると言う事は、生まれてくる子供の数が少ないと言うことである。半面、高齢者の長生きが目立つ。長生きが悪いと言うのでは無く、昔、55歳で定年で60歳辺りに成ると白髪頭で背中や腰が曲がった方々しか見掛けなかった気がするが、「この人、幾つだろう?」と思える人々が増えている。私のように今年の秋で66歳に成るのだが、平均的には50歳台前半にしか見えないと言う。
たまたま近くの大型スーパーの100均へ行ってた折、島の切れ目で一人の女性とあったが、何故か私の事をマジマジと見ている。おもむろに「近藤さん・・・」と言う。怪訝な顔をしてると、「私、奥さんの行ってる幼稚園の職員です」と言う。それで話を聞いてると、最近 建てた園舎を見せて貰いに行ったおり私を見かけたと言う。その時に感じたのが「近藤先生(保育士兼事務長)は、随分と若い方と結婚してる」と思ったらしい。少なくても、十歳以上、私が若く見えたと言う(笑)
第二次世界大戦(太平洋戦争)直後の日本人の平均年齢は、確か男女一緒で40歳前後、男の平均年齢だけを言うと22歳〜24歳位だったと思う。理由は、戦争で若者が沢山死んだから。そして残ったのが爺さんと少年ばかりだったと言うから、お笑いである。
戦争の話が出たついで。よく特攻隊員や死を覚悟した総攻撃の時には「天皇陛下万歳‼」と言って死んで行ったと聞かされていたが、実は大嘘(笑)。
一部居たらしいが、多くの場合「お母さん〜‼」って死んでいったと言われている。そして昔の戦争映画では,情感が部下に「天皇陛下の為に死んで来い‼」と言う表現が多かったが、新しい戦争映画では兵隊の母親らしき人や周辺の人は「死ぬな‼」「生きて帰ってこい‼」に代わっているんである。
私の場合、明治生まれの親父から幼い頃から「お父さんらは、天皇陛下の為に命を張って陛下と日本を守るよう教育を受けてきたが、その分、お前は自分の命を持って死んでお父さんやお母さんを守るのが長男としての宿命‼」と言い含められていた。一種の洗脳である。
それが高校を卒業し大学進学し学生寮に入ると、それ迄の18年間の家庭教育は色々の意味で大嘘の丸っきり間違いであると気が付き、色々と医学的にも矯正をしてみたが、未だに心の何処か片隅に「死ぬ事ばかりを考えている自分が居る」事に驚きを隠せない。
鍼灸学校時代に20歳位年上の友人が居た。彼は鍼灸学校時代の数少ない友人の中に私の名前も居れていた程で、随分と大事にされたもので、「君は若いのに、我々の年代以上の精神年齢を持ってる部分がある」と褒められた事もあったが、今では夫婦共に旅立ってしまった。
人は何れ死んでいくものだ。自殺は無論駄目だが、大病を患わずそこそこ元気で生きる努力をし、天寿を全うしてみては如何だろう。