Archive for 5 月 3rd, 2019

【目に付く「高齢者の重大事故」】

昔々のその昔、高齢者は交通弱者として、ある意味、非常に大事に甘やかされて生活してた時代がある。その証拠に、地元CATVの仕事もしていた時、高齢者向けの安全教室が行われた。教室と言っても、市民会館で年寄り向けの話をするだけなのだが、新居浜警察署の交通課長がきて、にこやかな顔でステージに上がり、頭っから「皆さん、高齢者の方々は身体能力が落ちて事故にあい易い。それも凄惨な一方的な事故にあい易く、被害者になるのです。くれぐれも注意して下さい」と、「年寄りは被害者にしか成らず、加害者に成る事は無い」としか聞こえない話振り。話を聞きに来ていた年寄り達からは、「何かあっても、我々は被害者とお上が認めた」とばかり、大きな拍手がでましたよ。

この講演会、規模的に単独の仕事だったから、当然、オープニングからテロップから何もかも一人でやる。で、放送用に編集する日、時間を持て余した若い衆が番組内容を見に来た。そして、交通課長の「年寄りは被害者に成るのみ」としか言いようが無い所で、「この交通課長、何を抜かす‼」と怒りだした。

と言うのも、数週間前に私の愛妻が右折すべく赤信号で停止している所へ、年寄りの運転する軽トラが赤信号で進入。西方向から侵入した軽四と衝突し、反動で軽トラが愛妻の乗る車に衝突。余り酷いぶつかり方をしたので、事故現場の周囲の方々が警察や救急車を手配してくれたり、後続のバス運転士が現場保全をした上で、近くの店の駐車場へ車を移動させてくれたと言う。事故の原因は、道に迷った年寄りが見慣れぬ風景で自分の場所を確認しながら運転しているうちに、信号を見落として赤信号で交差点に進入し事故と成ったと言う、誠にお粗末な話であった。

だから編集を見ていた若い衆が、交通課長の「年寄りは被害者に成っても、加害者には成らない」的な発言に激怒した訳だ。そして、「この講演会、よく平気で撮影し編集ができるな」「だって仕事だしな、本当言えばカメラや機材類、交通課長に投げつけて帰りたかったと」と笑った程。

それに、私達夫婦は何回か事故にあっているが、その半分以上が年寄りの絡んだ事故であり、ぶっつけておいて「お前等若い衆はスピードを出して乱暴な運転するから事故になる!!」と、自分のやった事の反省をせず、被害者の私達に責任を押し付けて知らん顔する。一度など、当家の近所の青信号で左折しようとした女房の後ろから、小型のオートバイで追突的接触事故が起こった。車に乗ってた母親が私を呼びに帰ってきた事から現場へ走り、警察も呼んでたが私も事情を聞いてると、明らかに信号に気を取られた年寄りが車を見落とし追突をしたのだが、それを認めないどころか、「甥っ子が、前田派出所で巡査部長をしてる」と、「自分には警察官が味方に居る」と脅した積りだろが、そんな事は私には通用しない。やがてパトカーと事故処理車が来て現場検証し、私は保険代理店も呼び、その後、色々あったが話は年寄りの一方的な事故としてケリが付いた。

トラブルが起こった場合、必ず何らかの原因がある。事故が起こった場合も、必ず原因がある。その主な原因たるや、道路交通法を無視した暴挙やマナー違反が原因の事が多い。と成ると、本来なら最初に原因を作った方が加害者と成る筈が、相手が車だと車の運転手が加害者と成る。

◆例えば、老人が横断歩道を渡るのに、真っ暗い所から赤信号無視で車の直前へ飛び出した。当然、老人は車と衝突して死亡した。物理的に当前の事だ。しかし解釈の難しい事故である。本来なら、赤信号を無視した老人が法的に加害者・被告として扱われる筈が、運転者には免許という物を与えられ、事故防止などの強い責任を求めらている。法治国家で法律を守ると言う観点から言えば、大本の原因を作った年寄りの責任を強く追及すべきなのだが、その辺りの追及は無い。何故か釈然としない問題である。免許が無いからと言って、何をしても良い筈は無いのだ。

だが、民事の話に成ると、過失相殺で悪く言えば年寄りの命は益々安く扱われる。その事故の大本の原因を考えた場合、本来なら赤信号を無視して車の前に走り出なかったら、事故は起こらなかった筈。運転士も当然、事故を避けるべく運転をしていた筈だが、事故は起こった。明らかに、年寄りの自殺行為である。

◆この死亡事故の話、実は私が当事者なのだ。平成元年秋の事故だった。新聞に名前が出たから、近い親戚や付き合いの深い同業者や、当時していた少年補導委員やらの皆さんに随分と心配や迷惑を掛けてしまった。叔母さんなど、大変な事が起こって食事の準備も大変だろうと、寿司を中心とした食材を泣きながら持ってきてくれたと言う。その時、「あの臆病な位、警戒心の強い子がどうして!?」と言ってたらしいが、大変な筈の私は女房と食材の買い物に行っており、母の説明で気を取り戻したと言う。そして事故の翌日の午後7時頃、匿名の女性から電話があった。女房が取ったのだが、有りがたい電話であった。「昨日の事故に、あわれた方の御家で間違いないですか?奥さんですか?あの事故は、お宅の御主人は一切悪く無いです。あの事故を知ってる人は皆、お宅の御主人を気の毒がってます」と言った内容で、色々と話をしてくれて「くれぐれも、挫けないで頑張って下さい」と言う話であった。誠に有りがたい事でる。本来なら、嫌がらせの電話の場合が多いのだが。そして心無い人も居り、私の事故を知り、「人を殺しておいて、どんな気持ちがする?」とニタニタと笑いながら聞いた男が一人と女が一人居ました。

◆当時、新居浜市鍼灸師会の役員もしてた頃で、事故後3週間程して役員会があるので会長宅に行くと、会長&副会長が駐車場で話しながら待っている。車を停め挨拶をしながら降りると、「あの事故、やられたんだろう」と会長が言う。「何故、解る」と聞くと、「逮捕されたんなら容疑者扱いで、[さん付け]には成らない。逮捕されない理由に、まず過失が無い事・逃亡の恐れが無い事・証拠隠滅の恐れが無い事・自殺の恐れが無い事なんで、奥さんが迎えに来たんだろう」と話した。結構、解ってる。

◆そして少年補導委員の方も、あと半年もしたら市長表彰を受けられる時期であったが、大きな事故に成った事から補導委員を辞めるべく退職願いを出し、市長表彰候補も辞退するように頼んだが、私の仕事ぶりや人間性を見てた人々から結局、退職願いも受け入れられなかった。それどころか、忘年会や何かの会合の度に私を勇気付けてくれた程。そしてただ一つ、未だに心の奥に引っ掛かってる事がある。補導委員会泉川支部から、どうも嘆願書が出た節がある。当時の支部長や会員に聞いたが、何故か誰も教えてくれない。ただ、この情報は管轄の警察の担当者が、口を滑らせたので解った事。それも文章でⅠつと口頭で2~3つ程あったらしい。そして、この老人の暴挙で仕事や人間関係が潰された部分もあり、長々に貧乏し病気に成ったりと、取り返しの付かない事も多くあった事も事実。

●面白いと言えば語弊があるが、交通事故に限らず、事故なりトラブルが起こった時は、絶妙なタイミングで起こっている。何か目に見えない巨大な力が、計算付くでタイミング良く事を起こしていると「感じる・思える」時がある。

高齢者の事故の話だが、ある程度、若い人々も似たような踏み違い事故を起こしている。だが、何故か高齢者の事故の方が重大な種類の違う重大事故のような気がする。そして、昔は「年寄りのやった事だから」と余り表面化しなかった事が、高齢者の重大事故が増えた事から、悪く言えば「これでもか」「これでもか」と言った感じで表沙汰に成ってる節もある。