Archive for the ‘ウォーキングor遠足?’ Category

ウォーキング大会が転倒?

「?」と思われるだろうが、早い話が中止(笑)。ただ、それが3週間続けてと成ると疎ましい。
1回目が3月28日㈰だったのが、雨模様。土曜日午前中に主催者に電話で確認したところ「実行」との回答。雨具の準備も済ませて、久々のウォーキング大会にルンルン気分(表現が古いか・笑)。ところが、午後四時に成って当日の責任者から電話が入り中止と言う。
話を聞いてみると、28日のウォーキングは花見も兼ねてたから、雨の中での弁当は嫌だろうと言う事と、コロナの影響が見え隠れしてたんですね。そこで、JR松山駅の担当者と相談の上「中止」。コロナの影響も考慮し、上半期の4月~9月迄はお休みとする話。

そして4月4㈰は新居浜市の歩け歩け大会。十数年前に何度かさんかしたヤツ。これも楽しみにしてたのだが、天気予報は朝から中振り。それでも雨脚が止まるのを期待して朝起きると、奇跡かな晴天。姉が何日か前からスタート地点まで乗せて行ってやると言うから、片道だけと言う事であさ迎えに来て貰ったのは良いが、玄関の戸を開けた途端、雨が額にポツリ!! 「晴れとるが降るぞ」と言いながら集合地点に行くと、お揃いのジャンバーを着た男性が四人。車から降りて挨拶して事情を聴くと、「中止に成ってるし、市のHPに載せてますよ」と言う返事。「来週は晴天みたいだから決行です」と言う話で見送られたが、細かい雨が降り出した。
家まで送って貰い、普段の日曜予定の行動の準備をし家を出た。ところが小雨が止み、晴天に。「あのまま決行しても良かったんでは」と思ってる矢先、午前10時を過ぎた頃、土砂降りに。「歩かなくて良かった」と無責任な話に。

そして4月11日㈰も準備をしてると、8日辺りから新居浜市にもコロナ感染者の数字が出て、9日にも多い数が発表された。慌ててネットで「4月11日、新居浜市の歩け歩け大会は?」って呼び出すと、「コロナの影響で中止」やはりかと思いながら11日も普段どうり。

3連荘で此処迄ダメになると、腹の立つ事も無くなります(笑)。

 

久々に歩いた善通寺のウォーキング大会

役員を仰せつかって6年、会合とウォーキング大会が重なり、6年間で歩いた日が2日程で、距離にして約10㎞程。
そして役員を辞め、サァと言うかイザと言うかウォーキングに行こうとしたら生臭になって、面倒くさくなったのと、コースが中途半端なのと天気の加減でついつい止めました。そして「今年こそ!!」と準備を始めたら、どうも様子が可笑しい。駅で貰ってきた冊子は良いのがあったのに、ネットで確認すると上半期の多くが赤文字で「コロナの影響で中止!!」と、99%がフイに。だから今回のは新しい冊子の分だから、少々短いが参加する事に。そして、主催の会が初めてだったから、余計に楽しみでした。でもね、初めての人達って、私の顔を見て怖がるのね。ヤクザじゃないかって。それでも終わる頃には打ち解けて楽しく終りました。
コース途中の善通寺で、境内に塀を背に500羅漢像が沢山。それを見て、「羅漢さんの中には自分に似た人が居るってね」。傍を歩いてた参加者も、「そう言いますね」。「でも、怖い顔した私に似た羅漢さん、居るのかね」の言葉に、唯一の女性参加者が大笑いしてたっけ。

 

事故に遭う!!

11月24日に松山市でのウォーキング大会に行った。距離も7㎞強と短い事もあり、平素、松山市へ行っても車や電車でトンボ返り状態だから、たまには良いかと行言ったは良いが、帰りにトンでも無い話に。

本来なら、帰りに伊予氷見の母親を訪ねるべく予定していたのだが、歳取って疲れが激しく、例の如く居眠り。気が付いたのが伊予西条駅に到着間際。迷った挙句、そのまま帰る事にし、新居浜駅で降り、駅前フジで遅い夕食の弁当を買い、踏切を渡った100mほど先の交差点に差し掛かったところ、左手から軽四が侵入してきた。

軽四側は一時停止。歩くスピードを落とし様子を観ているとブレーキが掛かったので歩き始めたところ、ユックリだが完全に一時停止をしないまま直進。慌てて避けたが、軽四の一撃目(笑)は避けたが、二度目の攻撃(笑)は避けきれず、左膝を打った。そこで、「コラ~!! 何処を見て運転しよる~‼」って怒鳴ると、私くらいのオッサンが出てきて平謝り。話を聞いてみると、「前が見えて無いままで、当たって初めて人に気が付いた」」って弁明。警察を呼び、現場検証に1時間ほどかかり、帰宅したのは20時半。風呂に入り湿布を張って就寝。

月曜日昼休み時間帯に近くの評判の良い外科へ行き、レントゲンを撮ったが骨には異常なく、湿布薬と痛み止めを貰って帰宅。結局、加害者も損保代理店も「人身事故に」と言う事で、本日27日に警察へ診断書を持って行きました。後は怪我の様子を見て判断するのみ。御心配かけます。

 

雨の中を丸亀へ。

本日、「丸亀の歴史を巡る」と題したウォーキング大会に。

此処で、皆さんは不思議に思われるでしょう。「何故か、ウォーキング大会って言うと讃岐へ行ってる」って。愛媛県にも日本ウォーキング協会の県支部が今治市役所にあるんですが、協会の連絡くらいで、地元・愛媛県内での活動は一切って程してませんから、近隣で一番活動している讃岐に行ってるんです。

今日は朝から雨が降るって事は解ってたので、前々から用意していた雨具も一式リュックに。05:00には目を覚まし新聞を取りに行った時は降ってるのが解らない程の雨脚だったので、「合羽は要らないかな~」って思っていたのが、準備を済ませた頃、雨脚が強くなってる。

自宅を出る準備を始めたところで女房が起きてきて、「駅まで送る」と言う。言葉に甘えて駅まで送って貰い、07:01発の鈍行電車に乗った。雨は相変わらず降っている。丸亀駅に着くと、殆ど降ってる感じは無い。参加者の多くも合羽は着て無いし、簡易雨具のような上っ張りを着ている人が数名。逆に、リュックに合羽を装着している人の方が多い。

受付を済ませ合羽の準備を始めると顔見知りの方が近寄り、「今日は合羽は要らないよ。暑いだけだよ」と言う。そのまま引っ張り出して広げたばかりの合羽をリュックに仕舞い待ってると、出発時間の09:00間際の到着電車で来た方々が続々。結局、出発式が始まったのが09:10からで、即、出発。

本日のコースは、駅から丸亀市内の歴史上・名を遺した方々の墓所や、それらに纏わる神社仏閣を回り、途中、映画「UDON」のロケで有名になった逆さ讃岐富士の見える溜池も回った。この場所で撮った製麺所はロケ・セットで、今はレオマ・ワールドに移築していると言う。こう言った話は、やはり現場へ言って世話役さんなんかに聞かないと、正確な話が中々耳に入らない部分もある。

ロケ地跡を後にし、ゾロゾロと丸亀城へ向った。丸亀城は、23年程前と18年程前に来た事があるだけ。二度目の時は、お堀の内側にミニ遊園地があり、訳あって業に子供達を連れて遊びに行った事がある。悲しいかな今では、その思い出のミニ遊園地は廃止されていた。

この丸亀城は大阪城と同じく石垣が立派で、城本体は残って無いが小さな楼が一つだけ残っている。頂上の広さから言えば、本体の城もそんなに大きくは無かったと思われる。

本日のウォーキング大会は「讃岐・歩こう会」の総会とウォーキング例会が同時に行われる日だったので、最後の城山頂上でウォーキング大会が自然散会の格好で終了と成った。だが、この時点で8㎞しか歩いて無い。が考えてみると、一般参加者はそのまま駅なりへ歩いて戻るから、やはり10㎞は歩く事になる。

丸亀駅に戻り、10数分待ちで上り普通電車に乗り高松駅へ。本日後半の目的は勿論、駅舎外からでも駅構内からでも食べられる「連絡船」って名の店で立ち食い讃岐饂飩を食べる事と、四国駅弁の投票№1に成った「たいらぎ弁当(1100円)」が高松駅でないと手に入らないから、それもついで買いに行きました。だってサ~、一日鈍行乗り放題の切符を持ってる以上、勿体無いから時間と体力に余裕があればチョッとの寄り道位は許されるでしょう(笑)。特に、今日は「父の日」だけに(笑)。

で、珍しく本日の失敗が一つ。丸亀駅から高松駅に向う電車の中でウッカリと寝込んでしまい、電車が高松駅到着後、運転士に起こされたんです。勿論、乗客は一人も居ない。そのままプラットホームに下りると、どの電車から降りたのか解らない乗客がゾロゾロと歩いているの。やはり瀬戸三橋が出来るまで四国の玄関口として君臨していた駅だけに、3路線10ホームもあるし日曜の昼過ぎともなると、随分と人が出てるもんですね。

と言う事で用を足すと、即、下り鈍行電車に乗り一路新居浜へ。愛媛県に入った頃に成ると、再び雨が土砂降り状態。伊予三島辺りで女房から電話があり、「駅まで迎えに行く」との事。やはり、父の日だけにサービスが良かったようです。そして自宅に戻り、荷物をばらしシャワーに入り、出ると即食事。時計を見ると17:30。外はまだ明るい。自宅で日曜日の夕食を食べるのに、こんなに明るい状態で食べるのも珍しいのです。 それではおやすみなさい。

 

行ってきました!! 「石鎚山系 元気ウォーキング大会」

今年で5回目となる同大会、お隣は西条市の主催で、愛媛県久万高原町と高知県いの町が共催。参加募集定員が1000名と言うから、かなり大掛かりな大会。1000名募集と言いながら、2000円の送迎バス利用者が700名と自家用車利用参加者が400名ほど居たと言う。それでも、翌日の新聞報道では約1000名と書いてました(笑)。

数日前から体調を崩していながら、当日は朝5時起きで準備し前日の午後11時過ぎに就寝。ところが、いきなり目が醒めると頭がガンガン疼いている。時計を見ると午前4時。「困ったナ~」と思いながら、按摩イスに座りゴトゴトと掛けること1時間。痛みが軽減したから出発準備を始めた。

リュックには、昼の弁当はオニギリが3個、自然塩が少々、茹で卵が2個、ドリンクゼリーが1個、紅生姜の天麩羅少々、500mlスポーツ飲料が4本、勿論、水割りのブランデーが500ml一本(笑)。職業柄、鍼灸の治療道具が一式と怪我薬などが入ってるか再確認。それにしても、コンパクトに収めた救急用品だけでも邪魔になる。

体調が思わしく無い上に身体が十分に目覚めていないから、着替えるにしても時間がかかる。尾籠な話だが、笑い話じゃ無く山行きだからトイレは十分に済ませておく必要がある。やがて、セットしていた出発時刻を知らせる携帯電話のアラームが鳴り、装備を背負って出る頃に母親が起きてきて見送りを受ける。女房は、前日からお泊り保育の仕事で居ない。母親に、戸締りと留守番を頼み出発。

06:30、何がしかのアクシデントがあっては成らないから、大体30分前に出発する事にしている。温かく成ってから、周囲は随分と明るい。寒い時に比べ、人通りも幾分多い。

今日は市内の各校区の町民運動会だが、色々あったから此処十数年参加はして無い。別段、誰も誘いに来ないから気兼ねが無い。その分、マイペースで事が運ぶ。ワガママと言えば其れまでだが、此処へ移り住んで45年、色々とあり過ぎた。

15分後、駅に着き、西条駅迄260円の切符を買い、改札を済ませて二番乗り場に。今日は、クラブ活動や登校の高校生も少なく、四国八十八カ所巡礼のお年寄りが一人と高校生が3人だけ。随分と閑散としている。上り電車が入り、私の乗る下り電車の待ち合わせで停まっている。やがて下り電車が入り、乗り込んだ頃に上り電車が発車。下り電車も定刻発車し、10分後には伊予西条駅に。今迄の松山行きなら此処で乗り換える事に成るのだが、今日はそのまま改札口を抜けて送迎バス乗場である西条高校へ歩いて向う。

昔々この辺りの医院にも勤務していた事もあり、途中のアーケード街は懐かしい。ユックリとアチコチ観ながら思い出に更け歩いた。本来なら、もう一便遅い電車で来ても間に合うのだが、懐かしい風景を見ながら散策するのも目的だったから、体調不良以外は、随分と良い一日に成る筈。

15分も歩くと官公庁街に出た。バス乗り場の西条藩の陣屋敷があった跡地の西条高校まで行く事に。ノンビリと歩いていると、西条高校入口近くの道路を挟んだ向かい側バス停ベンチに座った不審者(笑)らしき人が私に会釈をする。「係の人かな?」と思いながらも、会釈を返してその場を離れた。理由は、日曜早朝にリュックに帽子、手にはウォーキング・ステッキを持った変なオッサン(私)が歩いているだけで不審者扱いされ、通り掛かった車のドライバーからでさえ変にジロジロ見られてたから。

暫くウロウロしてたが、体力の温存?もあり、少し離れた堀端の木陰のベンチに座り、鍼灸の仕事もしながら映像の世界にもいた頃、この西条高校前の堀周辺はダンジリの撮影スポットにも成っており、当時の祭の喧騒と体力に任せた撮影紀行を懐かしんでいた。

丁度この頃、時期は晩春から初夏に移りつつある時期。堀を覗くと、鯉や名も知れぬ小魚が人の気配で寄ってくる。僅かな薄雲が入ったような朝の穏やかな陽の光を浴びながら、犬を散歩させてる人や、早朝ウォーキングをしている人々が行きかうのを見ていると、坂本冬美の「まだ君に恋してる」の一節が似合いそうな風景である。

歳のせいか、怖い顔の割に変な感傷に浸っていたが、リュック姿のグループや個人の方々が続々と集まりかけたので、慌てて集合場所へと向う。

やがてバスが集合し始めた。どれも25人乗り位のマイクロ・バスとしては、ユッタリ席のだ。各々、指定された号数のバスに向かい、受付をしている職員にバス代2000円を渡し、必要書類やゼッケン、案内書などが一通り入った封筒を渡され、領収書を受け取るとバスに乗り込んだ。

私より早く申し込みした女性グループ6人は、看護師や介護士の医療関係者ばかりらしく、口々に好きな事を言い合いながら遠足気分ではしゃいでいる。私ときたらムサいオッサン一人だから、何時の間にか仲間に入って話し込んでいた(笑)。この辺り、顔が怖い割にチャッカリしてると言うか要領が良いと言うか、何故か得意技(爆)。

出発時間の08:40が過ぎてもバスは出ない。様子を見ていると、ギリギリで来て受付している御仁がいる。他の小松・東予・丹原の各支所は08:00だと言うにだ。私と言えば、団体行動故に1時間以上も前から来てると言うのに。

定刻を過ぎてバスが出た。西条高校前から町並みを抜け、国道11号線を西に走り、加茂川大橋を渡ると川沿いに走る国道194号線に入り、ひたすら高知方面へ走る。やがて笹ヶ峰トンネルを抜け暫く走ると、案内の看板に沿って旧国道194線へUターンの格好で入り、後は瓶が森駐車場方面に走る。

暫くはマアマアの道幅が、やがてプロの運転手の操るマイクロ・バスが大丈夫かと思える程の狭い道幅になる。途中、トイレ休息用のスペースがあり暫し休憩。何故なら、数が少ないのに人間が大挙押しかけたから(笑)。

全員乗車し出発したのだが道幅がますます狭くなり、冗談じゃ無く本当に最後まで行けるのかと思う程に狭い道路じゃ無く道をクネクネと走る。その道幅たるや、軽四同士が出会っても、擦れ違うのに数十m以上はバックしないといけない程。思わず思ったのが、「自分の運転する車では、絶対に来たく無い!!」って事!!。

道路は山の標高から言えば稜線近くだから、ズッと前を走ってる同じグループのマイクロ・バスや、一般車両が走ってるのが見える。昔の歌にあった「随分、遠くへ来たもんだ」って雰囲気。普段は目にする事の無い不思議な光景。

体調不良に睡眠不足に少し車酔いも出た関係で、ウォーク・マンで音楽を聴きながらウトウトと始めた。熟睡している訳では無いが、どの位寝たのか、通路に食み出していた短めの脚に何かが当る。フッと目を醒ますと、皆さん、各々荷物を持って車を折り始めている。窓の外を見ると、整理すると200台位以上は入る駐車スペースに、行儀良く車が停められている。

そうこうする内、全員が下車したところで添乗員役の職員が、「開会式が行われていますから、その先の方へ入ってください」とは言うものの、その広場の一番奥にステージらしき物があり、誰かが入れ替わり上がってはハンド・スピーカーを使って何か言ってるが何も解らない(笑)。こう言う時の単独参加って、何も解らないままにいきなり事が進んじゃうから、オジンに成っても心細いのなんのって(笑)。

顔見知りと成った25号車の参加者を探している内に、ハンド・スピーカで何か叫んだ拍子に、パ~ンと音がした。すると、ステージ方向を向いてた参加者が一斉に振り返り黙々と歩きだした。私の周囲に居た人々も、訳の解らぬまま半ばウロウロしている内に、誰かが言いました。「スタート!!って言うと、スタートのパ~ンって音がしたじゃない?」って。すると同行者と思える人が、「じゃあ、歩いて良いんだ」って・・・。何故か不思議な感じで事が進んでましたよ~(笑)。

後は何も解らず、ゼッケンを付けた参加者一団が歩く方へと迷子のオッサンが一人付いて行きました(笑)。それでもパステル・カラー(黄緑色)のスタッフ・ジャンバーを着た人達が紛れ込むように歩いているから、「マァ~、良いか・・・」って歩いてました。

距離の目安は、1km置きに設置されている。道の要所要所にはスタッフ・ジャンバーを着た職員が二人一組で立って声掛けをしている。この辺りは平均的ではあるが、主催者が市だから事故が起こったら大変なのでしょう。

スタート地点からと言うより、広域林道だけに舗装が完備されているが、非常に厳しい下り坂ではある。何度も参加している人達が話してる内容を聞いてると、上りが何箇所かあると言う。平地は得意だが、上り下りが不得意な私は「困ったナ~」と思いながらひたすら歩いた。

その長い下り坂を降り切った場所に、山小屋風の喫茶店がある。その前にテントが張られ、チェック・ポイントに成っている。参加証の裏側にチェック印を押す場所がある。何人もの職員でゼッケンの番号を確認し、チェック印を押して貰い、一口だけ舐めるようにスポーツ飲料を飲んだ。と言うのも、用意していたスポーツ飲料が既に半分無いのである。チェック・ポイントが丁度、中間地点だから、この先は思いやられる。

チェック・ポイントを出ると、後は上り道。暫く歩くと、監視員薬の職員が居た。「これから先、ズッと上り道ですか?」「下りもありますよ。この辺りの坂が、一番キツイんです」「え~ッ!!」と良いながら、風景を楽しむにしても石鎚山の美しい頂上の景色しか興味の無い私は、ひたすら歩くだけ。

何組めかの監視員さん達が、参加者相手に何か話してる。様子を聞くと、「貴方が73人目の通過者ですよ。それも1000人も居る73番目ですよ」と言う。「でもね、昨夜から体調最悪で来てるから、直ぐ後の何人かに追い越されますよ」と言うと、「先行の人の中には80歳台のお年寄りが居たですよ」と言う。「ヤッパリか。後姿から、随分と年取ってると思った。追い越してやろうと思っても追いつかないし、私が追い越されかけてる」って笑っちゃいました。それにしても、どのウォーキング大会にも、必ずと言って良い程に兵がいるものです。

そして9kmの表示のある処に居た監視員さん達が声を掛けてきた。「もう最後の1kmです。頑張って!!」「もうイヤよ。何処かで引っくり返ってやろうか」「ダメですよ!!」「その辺りで野宿しようか?」「いけませんよ!!」「じゃあ、ゴール2m手前で大の字になってぶっ倒れるとか(笑)」「ますます、いけません!!」「だって大の字に成ったら、指先がゴール手前20~30cm位手前に成るから」・・・この辺りに成って、真面目に受け答えしてた女性職員がからかわれていたのが解ったのか、横を向いたまま大笑いを始めた。側に居た男性職員は最初から解っていたから、後で手を組んでアッチ向きコッチ向きしながらズッと笑ってました(爆)。

休息がてら監視員さん達に遊んで戴いて、最後の踏ん張りでゴールを目指した。しばらく行くとゴールの表記がある割に、塗装中の石鎚神社の分社らしき建物があった。残念ながら、確認し忘れている。側に居た係のスタッフが方向を指すので進むと、土小屋第二駐車場まで500mと書いてある。「ゴールと書いてあるのに、あと500mと書かれても・・・」と言いつつ、ひたすらゴールを目指しました。ただ救われたのは、上りでは無かった事くらいか(笑)。

やがて駐車場が見える辺りまで来ると、マイクロ・バスが揃ってるわ揃ってるわ!! 伊予鉄バスと瀬戸内バス以外のバス会社の総揃いと言う感じ。表現は可笑しいが、大きさこそマイクロ・バスだが中型らしいボディの数社のバスが揃うと、何処かの観光地かサービス・エリアに迷い込んだと言えば少々大袈裟だが、本当にある種、見応えがありますね。

ゴールは順位を決める競技じゃないから、ノンビリと大体80番目位に到着。ゴール地点を越えると、籤引の引換券とキジ鍋引換券と有名スポーツ飲料を手渡され、順番にハズレ籤を引き、具も中身も少ないキジ汁を頂き、さしあたり飲みかけのスポーツ飲料を飲み干し、キジ汁を頂きながらオムスビを1個だけ食べました。

本来、これだけ疲れると食欲が減退するのだが、予定よ随分早く起床し、コーヒーとタブレットを飲んだだけで何も食べ無いまま家を出て、ゴール地点で約14kmほど歩いた計算だ。それに「暑い!!」と言いながらも、やはり1500m級の山道だ。空気の綺麗な風が心地良く冷たい分、俗に言うマイナス・イオンもタップリ吸ったのでしょう。体調最悪ながら、何故か食事が美味しい!!

その後、現地で売ってた珍しい土産物を幾つか買いました(笑)。私がゴールを急いだのは、実は・・・これが目当ての部分があったんです(笑)。と言うのも、中盤以降のゴールに成ると、混雑した上に品物も少なく成ってるし、キジ汁を戴くにしても待たなけらば成らないから、体調最悪で疲れた身体には堪えます。

単独参加だから話す相手が居ないんで、時間を持て余した。迷惑だろうが、独断で運転手さん達に話相手に成って貰い、乗ってきた25号車に一番乗りで乗車させてもらって、座り心地の良い座席で残りの弁当をユックリ&ノンビリ食べました(笑)。

やがて全員が乗ったバスから発車し帰路についたのだが、来た道が狭すぎた事から面河渓方面から遠回りし高速道路を使って帰る事に成ったのだが、医療系職員グループの一人が何の予兆も無く突然吐き始めた。様子を聞いて酔い止めの鍼をし、吐く袋が少なかったのでゴミ袋として持参していた小型のレジ袋を何枚か渡した。オバチャン看護師が居ても、さすがに出発直後から呑んでても、こんな時は私の方が一枚も二枚も上。

やがて吐いてた人も落ち着いた事から、再びウォークマンで音楽を聞きながら呑み直しウトウトとしていると、今度は後の席の女性が吐いたから車を停めてくれと言ってる。様子を聞くと、吐いた割に出るモノが出たらスッキリしてると言う。ただ、吐社物を捨てたいだけだったらしいから、持参のレジ袋を渡すと、「そのまま帰ってくれ」と言う。で、私はまた寝ちゃいました(笑)。

どの位寝たのか、医療関係者グループが大騒ぎを始めた。目を覚ますと、「車がヒックリ返ってる!!」とワイワイ騒いでいる。見ると、一台の白い乗用車が仰向けに成り、その後に乗用車が停まり、その車に乗ってた人達が数人車外に出ている。パトカーも一台着ている。・・・で、何故、此処まで詳しく書けるかって?丁度、桜三里PAでトイレ休憩の為に減速してPA内に入ろうとしていると、件の事故は対向車線の下りPA前で起こっていたから、ジックリと観察できたのです。不謹慎ですが(笑)。

バスが停まってから、私はトイレに直行。用を足し外に出ると、例のグループのオバチャン達数人が、芝生の土手を這い上がって事故見物に行ってる。その姿を見て、側で煙草を吸ってた他のバスの運転手さんに、「あのオバちゃん等、エエ~根性しとるナ~」って声を掛けると、その運転手さん、ムチャクチャ受けてました(笑)。

添乗員職員さんの「出発します」と言う声に、件の事故見物のオバチャン等、今度は降りるに降りられず、ヨタヨタ大騒ぎしてたが結局、芝生に腰掛けてズルズル滑り降りるように降りてきたけど・・・見っとも無い笑い話の報告でした(笑)。

PAを出発してから、レスキュー車と消防車が走って行ったが我々のバスは順調に進み、運転手さんの言ってた通り17:30には出発場所に着き、早々に同行者さん達と挨拶して別れました。

バスを降りてからは、今度は歩いて駅に向う。途中、アーケード街を歩いてると元患者さんに会い挨拶。格好から、私がウォーキングに行ってたのが解り、「先生、相変わらず頑張ってますね~」と言われながら、しばらく話してたが別れ、遠回りして家族に頼まれてた蓬と抹茶の太鼓饅(焼き饅頭とも言う)を三個づつ買い駅に向った。

駅に着き、上り普通電車の時間を確認していると、1時間近く待たなければ成らないと思い、女房に凡その時間を連絡していると普通電車が3番ホームに入った。放送を聞いてると、しばらく停車するとの事。慌てて260円の切符を買い、改札で聞くと20分程の待ち合わせだと言う。一安心でユックリと跨線橋を渡り、席を確保してホームの自販機へ。ところが時節柄、スポーツ飲料が売り切れ。仕方なく、120円の500ml缶入りのサイダーを買い、電車に戻って一気飲み・・・は無理でした(笑)。

この電車も定刻に出発。待ち合わせも無く10分程で新居浜駅に。改札を出て、待合室で迎えの電話をし、待ち合わせ場所に。と言うのも、さすがにこの日だけは、心身共に最後の15分を歩く事が出来なかったと言う情け無い報告でした(汗)。

「追伸」・・・でもね、刑事モノ探偵モノのドラマやアニメを見ていると、よくぞ行く先々でこれだけ事件や事故に巻き込まれるもんだと思っていたが、最近、出掛ける度に事件事故とは言わないが、何か必ず話題の一つや二つが振って沸いてます(笑)。

 

GW中に、ウォーキング大会追加の知らせ。

只今、GW真っ最中。皆様は何処へ行かれたか。私は、野良の節句働き中。

3年前の5月下旬、地方新聞でウォーキング大会のニュースが出ていた。内容は、お隣は西条市スポーツ健康課が主催の、石鎚山系元気ウォーキング大会。瓶ガ森駐車場~土小屋第二駐車場までの、約10kmのコース。そして一昨年&昨年、参加しようと思いながら西条市HPを確認し忘れボツ。

今年も申込締め切り間際に気が付き、PCから申込用紙をダウンロードしファックスで送っていたのが、ようやく今日に成って参加証的な物が送られてきたのです。集合場所が、西条市役所前の陣屋跡地に建てられた県立西条高校前。1000名の募集だったのが、申込があったのが700名と言うが、それでも大掛かりなウォーキング大会である。

このウォーキング大会、参加費は無料で記念品と完歩証が戴けると言う。会場では、くじ引きがあったり大会会場近隣の人達がキジ鍋を御馳走してくれるらしいから、随分と楽しい催し物。市主催のウォーキング大会とは、到底思えない(笑)。ただし、バスの送迎費用が2000円だけ必要。それにしても、会場設営やなにやかやの費用を考えたら、一人当たり2000円のバス代で足りるのかと人事ながら心配してます(笑)。このように、西条市では合併前から近隣市町村がやってた健康フェスティバルみたいなモノも継続してバックアップしてやってるから、随分と太っ腹ですよ!! 当・新居浜市でも、この位はやっても良いと思うのだが、昔からの風習で、仕事をしないで箱物だけ作って、使用にしても煩く言って利用者のヤル気を潰すような事しかしないから、人間が育たないんですよね。

西条市のやり方って、部分、高知県とよく似てます。数年前、小豆島にツアーで行った折、帰りのフェリーで高知市のツアーの老夫婦とご一緒させて戴き、色々と話をしてると、御主人が東京の高知県事務所勤務の方で、高知弁独特のイントネーションが感じられない位に標準語を喋っている。その御主人曰く、「高知県って地域柄、官民一体で事を起こさないと日本政府から忘れ去られる」って意味の事を言ってました。その官民歩み寄りの精神が、県民総生産が下から一二を争う貧乏県でありながら、観光立県として頑張れているのだと思う。その「官民の歩み寄り」的な部分が、西条市でもあるように思います。

愛媛県は保守的だと言われるが、その保守的な部分って、見方を代えたら「知事と県都・松山市を中心として、保守的な官僚的な共産主義的な鎖国的な事しかせず、前向きな教育活動が出来て無い」ように感じます。当然、この新居浜市も県に右へ倣えだから、西条市のような官民一体の市民活動は出来んでしょうな~。

 

春爛漫・・・心身共に。

4月10日(日)、久々にウォーキング大会に参加。東日本大震災の共感疲労&鬱に加わり、週半ばから仕事やら所用が忙しく、身体中がドロドロに疲れていたが切符を買いに行き、早々に就寝。

翌朝、04:00起きで駅まで歩き、05:52発の普通電車に乗り込んだ。今まで見た事も無い色の電車で、珍しく4両編成である。おまけにトイレ付!! 車掌さんに声を掛けると笑いながら「使ってくださいネ」と言われたが、必要も無いのに入ると変質者(笑)。でもね、トイレ付きってだけでも、随分と安心ではある。だって、松山から帰る2時間半の間に、トイレ騒ぎで3回(3駅)で電車を停めた経験がある。合計すると、多分、10回以上はトイレ騒ぎで電車を停めている筈(汗)。反省します。

今回のウォーキング大会は、申し込み不要で参加費は五百円。これも随分と気楽に参加ができます。08:05に高松駅に到着し、そのまま恒例の連絡船って名の評判の立ち食い饂飩で掛け饂飩を食べる。高松へ行くと、これが楽しみの一つ。

改札口を抜けると、駅前広場で「讃岐あるこう会」の団旗のような大きな旗を持ったオッちゃん(私もだが笑)が待ち構えている。格好からしたら、私もウォーキング目的で来てるのが解るから、優しく案内してくれた。でもね、駅ホームやら待合室やらに、年老いた人々がリュックに帽子、ウォーキング・シューズを履きウォーキング・ステッキやらを持ってゾロゾロウヨウヨしている風景って、チョッと異質で不気味な雰囲気でした。もっとも、私もその一人なのだが(笑)。

集合時間は08:30で、スタートは09:00。本日は15km強の健脚コースだった筈が、何故か12km強のファミリー・コースが追加されてる。疲れに疲れてたから、ソッとファミリー・コースに紛れ込んじゃいました(笑)

スタートしてみると、健脚組先導さんを頭に最後尾にリュックに旗を付けた世話役さんが付き、その後ろにファミリー組の先導さんが付き、最後尾に世話役さん。その隊列で移動し、心配してた通りの山道に入った。とは言っても標高230m程の小高い山だが、体調から言えば最悪コース。基本コースはファミリー組だが、健脚組が途中で何度か迂回する仕組みで、遺跡あとや九分咲きの桜の花の下で休息をとったりと、大人の遠足気分で楽しんでました。

途中の昼食場所に健脚組が遅れた為、ファミリー組が1時間強の休息タイムと成った。遊歩道の坂を利用して各々弁当を食べ始めたのだが、チョッと驚いたのがカップ麺を食べてた人が居た。キャンプ用のコンロを持ってた訳でも無し、水筒に熱湯を入れてても何時間も経つと温く成るのに、聞く勇気も無いままに唖然としてました(笑)。やがて健脚組も到着し、彼等の食事も始まり、一休みして出発。途中、健脚組はコースから外れ遠回りのコースへ。ファミリー組はそのまま高松駅へ向い無事解散。

今回のウォーキング大会健脚組には和歌山のウォーキング・グループが参加しており、ファミリー組の世話役の人と仲が良かったらしく、ゴールの高松駅で健脚組が帰ってくるのを待ち、ビールで一杯会をする話を聞いていた。案の定、最後に挨拶にきてくれた世話さんが健脚組を待つと言うので、「ヒョットして、ビールで一杯会?」って聞くと、苦笑いしながら「そうです」って。

別れ際には、「讃岐のウォーキング大会に度々参加して戴いて有難う御座います。また是非とも参加してください。お待ちしてます」って事だったので、「6月19日(日)の[丸亀の歴史を巡るウォーク]と、8月21日(日)の[満濃池・緑の広場と森林ウォーク]を予定してます」って、別れました。後は一路・新居浜へ。帰宅してからは近所の天然温泉へ愛妻と出掛け、23:00に布団に入ると、翌朝06:30まで熟睡してました。

歳取ると、体力が無くなりますね。翌月曜日に仕事が終わって空手の稽古に。疲れた老体に鞭打って頑張ってます。

最後に、東日本大震災で被災し日々の暮らしに支障が出てるのに、遠く離れた辺地で遊んでいるようで、心苦しいです。

 

[屋島逆縦走ウォーク]の話。

お久しぶり。此処のところ健康的な話ばかりですが、今回は少々キツかったです。

[屋島逆縦走]って話は、地形から言えば南嶺から北嶺へ縦走でする事が多いのだが、北嶺の瀬戸内海側、いわゆる海抜0mから稜線沿いに南嶺までの縦走の事。

集合が09:30にJR屋島駅前。例の如く2000切符を買った。今回は金曜日に買ったので、一台分だけ残ってた車DEトレインの無料駐車予約が取れた。

出発日に05:52発の普通電車に乗るべく、前日に目覚し時計まで新調したのにシッカリ寝込んでおり、05:05に家族に起されて大騒ぎ(笑)。慌てて捻挫した足の親指と痛めてる右膝に湿布薬と医療用サポーターを巻き、着替えてから車に乗り込み駅へ。今回だけは無料駐車場の有難さが身に滲みた(笑)。

新居浜駅前は再開発の為に工事中なのに何故か観光バスが6台も来ており、40~50人程の団体さんがバスの側で整列して待っている。無料駐車場は、何故か乗客達の側。寝起きと時間に追われての駐車だけに、枠外に車を停めてしまったから停め直しをしてて、新車のバンパーを鉄柵にコツン!!。傷はバンパーの塗装が少し剥げただけ(大汗!!)。ロックを確認して駅舎へ向い、切符を出して改札を抜けたところへ電車が入った。この電車を逃したら、集合時間には間に合わないから特急で行く事に成ってたから、冷や汗ものですよ。

本日の電車は、珍しく4両編成。この時間帯の電車は通勤・通学電車の意味合いが強いから、高松迄2時間15分。余禄で言えば、新居浜発07:00台の電車も、やはり通勤通学電車だから2時間半前後で高松駅到着。無事車内に入ると即発車。この日は結構、冷え込んでたから随分と暖房が効いている。やがて時間通りに高松到着。屋島駅には高徳線に乗り換えるのだが、20分少々の時間がある。例の如く、「連絡船」って名の立ち食い饂飩店により「かけ(素饂飩}」を注文。結果的に、これが本日の朝食(笑)。時間が来たので高徳線の電車に乗り座ってると、明らかにウォーキング参加の格好した人々が乗り込んできたが、この日はアチコチでウォーキング大会が行われてるので誰にも声を掛けなかった。

JR屋島駅に着いて降りると既に受付が始まっており、受付を済ませ出発前の説明を受け、タクシーに分乗して屋島北端へ。鍼灸学校が高松だった関係で、悪タレ連中とドライブウェイをローリング族よろしく走りまわってたが、この辺りは始めて。駐車場に降りると、軽い準備体操を済ませ、説明を受けながら海抜0mの砂浜へ降りたが、変な話、引き潮だったから海抜-何十cmだったかも(笑)。屋島と言えば歴史上、源平合戦の古戦場跡地としても有名な所。歴史的な話や地学的な話や植物の話など、ボランティア・ガイドさんの上手な話し振りで楽しみました。見習わなくては(大汗!!)。

北嶺は少々ハードな地形ゆえ、通常の観光コースからは少し外れている。それだけに、観光用の遊歩道だけでは無く、遊歩道に平行して登山道としか言えないような部分があったりする。その登山道の方を主に歩くわけだが、空手の稽古で右親指を捻挫し、膝も傷め、古傷の骨の罅も疼いてるし腰も疼いてるから、登りは何とか成っても、下りでは踏ん張りが利かないから何度もバランスを崩して転倒しかける。転倒したら、断崖から落下するか、岩や木に頭や美形の顔?を打ち付ける事に成るから、病的な高所恐怖症の私は震えながらの走破でしたよ。

それでも予定時間より30分ほど早く進み、早目の昼食を済ませ、やがて一般的な屋島観光の為の駐車場へでた。此処から残り半分の南嶺方面に行く訳だが、途中に日本一高い場所にある有名な屋島山頂水族館の側を通り、四国88ヵ寺巡り第84番札所の屋島寺で参拝。そのまま南嶺端へ向う。途中、時間的余裕があってウォーキング・コースから外れ、予定外の観光案内もあった。その中には、測量三角点の0ポイントがあったりとか。

暫く歩くと、名所の一つであったケーブル・カーの跡地の側を通った。観光客激減の余波でケーブル・カーの運営会社が潰れ、引き取り手のないまま建物が廃屋のオバケ屋敷のようになっていた。側を通り、5分ほど歩くと屋島南嶺端に到着。

「此処で大事件勃発!!」と言うのは冗談(笑)で、実はボラ・ガイドさんの話を聞きながら西方面の景色を観ていると、北側背後から「ブヒ!!ブヒ!!」って変な音とも声ともつかぬ音が聞こえたかと思ったら、話を聞いてる筈の参加者の間から「わっ、イノシシ!!」って大声が上がった。思わず参加者の方(南側)を見ると、ボラ・ガイドさんの後(北側)を指差している。その時点では、ガイドさんも冗談だと思っていたらしく、「親子と思われる二頭のイノシシの目撃情報があるにはあるが」と言ってる。モロ目撃した数名の参加者の「本当に、本物のイノシシですよ!!」って言葉に、「本当!?何処!?」って、ガイドさんの後ろに居たガイド仲間や参加者を押し退けて様子を見に行った程(笑)。すると、本当に真新しいイノシシの足跡と思しき跡がある。参加者の一人に、足跡の側に足を置いて貰い、別な人に足跡を指差して貰って証拠写真を撮ってきました(笑)。

そして此処からが、この日の最後の大難関で標高差100m以上の南嶺を降りるのだが、此処へ来る迄の山道でバランスを崩して大変だった私だけがバスでJR屋島駅へ向う事に成ったが、既に脱落者が一名居たから私は二番手(笑)。

バスは屋島ハイウェイって名の有料道路の終点駐車場から出ており、ケーブル・カー廃止後、行政の援助でコトデン(琴電)バスが片道100円でシャトル・バスを出している。バスはコトデン屋島駅に着き、其処からJR屋島駅へ行って折り返し運転。

JR上り電車は15:06発で、39分程の余裕がある。挨拶もできないまま別れた参加者も居るから、ゴールと成るJR屋島駅で簡単な解散式もやる筈だから、最後のお別れ挨拶もしたかったから、ギリギリまで待ってる積りで時計を見てると、帰って来ました!!  100m程先の交差点に先頭の人が見え、ゾロゾロと参加者が帰ってきてるけど何故か人数が少ない。小さな駅前ロータリーを抜け道路に出ると、ガイドさんが「お出迎え、ありがとう」って言う。「お帰りって言うか、観音寺からの人達は?人数が随分少ないけど」「其処のスーパー駐車場に車を置いてたから、そばの交差点で別れました」ってさ。中には、若くて可愛い独身女性が独りで参加してたからと言うのは冗談で、やはり総勢30名強の人数で、比較的仲良く歩いてたから、最後のお別れが十分出来なかったのが寂しいですね。

やがて15:06発の高松行きの普通電車が来たから、高松市内から参加してた3人連れの女性陣と相席で高松へ戻り、駅構内で別れた後、市内観光をする気力も体力も無いまま駅周辺の店を回ったが、香川県の土産物って新居浜のスーパーでも簡単に手に入るから値打ちが無い(笑)。結局、第三のビールとミネラル・ウォーターと料理法が珍しかったチキンの腿肉を買って電車に乗り込み一路新居浜へ。

電車内は時間的に珍しく空いており、途中の観音寺で後2両を切り離すらしく、ウォークマンで音楽を聴いてた私は聞こえて無い。珍しく若い女性車掌が来て、「後2両が上り便と成るので、車両を乗り換えて欲しい」って言った。別段、意地悪する積りも無いので荷物を持って2両目に。1両目2両目に乗ってるのは、男性一人でガラガラ、外は真っ暗。別に他意は無いが、その男性が座ってるボックス席の通路を挟んだボックス席に荷物を置いて座ると、その男性、私の顔を見て1両目に移動。そんなに私の顔が怖かったのか(笑)。

やがて電車は出発。見てると先程の若い女性車掌、不慣れなせいでカチカチで業務をこなしている。多分、研修中なのだろう。その為か、中年のオイチャン車掌が付いてる。独り旅って言うより、移動中は人間ウォッチングをしてると楽しいが、逆に自分もウォッチングされてる筈だから、安酒を呑んでないと落ち着かない(笑)。

で、本日は此れで御仕舞いだが、愛妻が金曜日午後から広島に居る娘のアパートへ行き、土日の通信短大のスクーリングに行ってるので、一度帰ってシャワーを浴び連絡を待ってると連絡が入った。「何故か高速道路が混んで、広島~今治間のハイウエイ・バスが非常な遅れをして、JR西条駅着21:06の普通電車で帰る」と言う。結局、21:00に間に合うように家を出て、西条駅前で愛妻を迎え、途中の饂飩屋で素饂飩を食べ、無事帰宅。で、本日は目出度し目出度しの一日で終わりました。

 

水の都・伊予西条市でウォーキング大会

11月14日(日)、今にも雨が降りそうな曇天の中、「駅からウォーク」の一環で、珍しくJR西条駅主催のアクア・ルート・ウォーキング大会が開かれた。

雨の心配をしながら雨具も用意しないで、JR 新居浜駅に向おうとしたら、愛妻が送ると言う。事故があったばかりなので心配しながらも、駅まで送って貰った。JR 新居浜駅は、駅前再開発と言う事で大掛かりな工事中。愛妻の車を降りてからも、愛妻の車が見えなくなるまで駅舎前で見てました。

愛妻の車が見えなくなり切符を買ってみると、最近まで210円だった料金が260円だ。高速道路試験無料化の関係で、JR 四国は随分と打撃を受けてる様子。普段から高速道路は基本的に使わない主義で、電車利用者にとっては非常に面白くない。

やがて08:14発の電車が入ってきたので乗車したが、なかなか発車しない。待ち合わせだろうと思ってると、やはり同時刻発車の普通電車の待ち合わせ。今回は二駅しか乗らないが、途中停車した中萩駅でも数分の待ち合わせ。単線区間が多過ぎるJR四国ゆえの欠点か。

伊予西条駅に08:30過ぎに到着。電車を降りると、特急駅が停まる駅としては待合室が非常に狭い。改めて驚きながら待合室を見渡したが、受付の準備が成されてない。駅前広場に出ると、会議用の長テーブルが置いてある。集合時間が09:30だから当たり前だ。で、時間が勿体無いから、伊予西条駅に隣接した所に鉄道歴史パーク「(元国鉄総裁で新幹線の産みの親と称される十河信二記念館」「四国鉄道文化館」「観光交流センター」)があるので、時間潰しを兼ねて、入館料300円也を払って入りました(笑)。この記念館の開館時間は08:00~17:00で、当日は私が一番乗りの入館者。たまには一番乗りっても良いですね~(笑)。この鉄道文化館には、0系新幹線の後半分が切られた先頭車両と、DF501と言うディーゼル機関車の一号機や小間物類が置いてあるので、鉄道マニアには物足りないだろうが、なかなか楽しい施設でした。

09:00を過ぎて駅前の長テーブルを置いてる所を見ると、三人の黄色いスタッフ・ジャンパーを着た三人の男性と、制服らしき服装をした男性一名が居る。慌てて駆け寄り「おはよう御座います」って声を掛けたら、4人共、私の顔を観て固まってる。余程、怖い顔に見えたのか?。情けない(爆)。

それでも受付を済ませてると、マスクをした独りの若い老婆?が来て受付。此処でも一番乗り。今日は良い事がありそうだと言う事で話を聞いてると、定員30名に対し申し込みが19人。内2名は体調不良でキャンセルがあったと言う。結局、総勢17名と、ボランティア・ガイド4名を含む6名のスタッフに、緊急用と連絡用を兼ねた軽箱バンの運転手役1名。参加者は二斑に分かれて、ボランティア・ガイドの説明を聞きながらゾロゾロと歩きだした。

一番最初が、駅裏にあるレンガ造りの塔の説明。蒸気機関車の時代、構造的に純水が必要だった事から、水の綺麗な伊予西条市に中心的な駅舎が作られたと言う話。そこから、「打ち抜き自噴水」の場所見学から、水の都と自慢するだけあって街中の水辺に散歩道ともウォーキング・ルートとも付かぬ橋が整備されており、そこを歩きながら、JA西条が経営している農作物を安く提供する水都市(すいといち)って店舗で一休み。米粉で作られたパンと生野菜ジュースが提供されたが、参加費1000円の中に入ってると言う。県外から参加した人が何人か居られたから、その人達への宣伝か(笑)。

やがて西条高校のある陣屋跡で歴史博物館へ入り、陣屋跡の説明を受けたりしながら、河口に噴出している「自噴水・弘法の水」で喉を潤し、昼食場所と成る運動公園へ。弁当を持っていなかった参加者が私を含め8名ほど居た関係で、弘法の水呑み場近くにあった水産会社経営のスーパーで250円の「鯛飯」を買いました。弁当を持参しなかった理由?案内書には、途中で寄った水都市で出たジュースとパンが昼飯と成ってた為で、出されたのが10:20頃だったから、と言うのが理由。それだけに、途中のスーパーかコンビニでオムスビでも買おうと思ってたのが、似たり寄ったりの金額で美味しい鯛飯を買えました(笑)。休憩場所に成った運動公園で30分程の休憩兼昼食。その間にボランティア・ガイドは帰り、13:00に出発してアサヒ・ビール工場見学へ。

途中、クラレ西条工場の前を通り掛ったのだが、此処は桜の名所として親しまれており、桜満開の頃は市民に開放される説明もされた。其処へ愛妻からメールが入ったのだが、天気の良い所では液晶画面が見辛い。無理して見ると、「歩いてますか?」って書いてある。返信も面倒臭いから、通話にすると直ぐに出た。

「お父さん、何処を歩いてる?」「西条の~道路上」「そうじゃ無くって、どの辺りを歩いてる」「西条の運動公園の野球場のバック・ネットが見える所」「西部公園?」「じゃ無くって、子供達が小さい時に行ってた公園」「じゃ、アサヒビールの工場近く?」「そう。今から運動公園で昼飯休憩で、それから工場見学で試飲もして帰る」「ヘェ~、良いコースを選らんだのね」「当然でしょ。で、何の用?」「実家の両親が、夕食を一緒にってさ。だから、私に西条まで迎えに行けって」「危ないし疲れるから、今治まで電車で行くわ。だから、今治駅まで迎えに来て」「解りました」 って、話に成りました。

日曜日に私が家に居ない時は、愛妻は今治の実家に行ってる。そしてこの日は、17:00頃にFG西条で待ち合わせをして、二人で夕食を食べる予定だったが、話を聞いたご両親から夕食のお誘いがあったと言う。たまには良いか(笑)。

ビール工場では案内嬢付きの見学スタートの時間が決められており、一通り見た後に試飲時間がある。実は、「今回のメイン・イベントが試飲だったのです!!(爆)」と言うのは冗談で、この工場には何度か来てるから特別珍しくも無い。で、見学コースも終り試飲場所へ行ったが、この工場で作られているスーパー・ドライと黒ビールと名前は忘れたがスーパー・ドライの新製品の三種類をよばれました。昔は小さ目のピルスナー・グラスに15分間に何杯もお代わりできたのが、最近は普通グラス3杯と決められてる。で、一通り3種類のビールを飲んでみたが、新製品が一番美味しかったです。独断では無く、隣り合わせた人の評判も良かったです。

試飲コーナーを出ると、真っ赤な制服を着た可愛い案内嬢が説明中はズッと後ろ向きで歩いてたのが、常に目の前にいる私に聞いた。

「皆さん、駅からウォークって事ですが、ウォーキングは度々されてるんですか?」「してますよ。」「やっぱり」「どうして?」「ご案内してる間、他の団体さんの3倍以上のスピードで歩かれてますから、少しビックリしてたんです」って事らしい。

「でもさ、この位は~少し疲れてるから、そんなに早くは無い筈よ」「エッ‼」

それはそれ、「やはりアルコールが入っても普段からの鍛え方が違います!!」(爆)と言うのも、実を言うと電車を降りてからズッと何時もの事ながら、歩いてる間もブランディーの水割りを飲んでたんですね~。不謹慎と言えば不謹慎か(爆)。

帰りと言えば、工場から無料シャトル・バスが出てるから、それで西条駅に向かい、駅前広場で解散式を済ませ一路今治へ。だが此処で、もう少しで大失敗をするところだった。電車やバスで出掛けた時は必ず呑んでるから、ウッカリと寝込んでしまうのです。この日も壬生川(にゅうがわ)駅迄の記憶があるが、その後は無い。フッ気が付くと、見慣れた駅構内。そう、今治駅に停車していたんです(大汗)!!。慌てて荷物を取ると、走り出ましたよ。で、そのまま駅舎から出ると愛妻の車が迎えに来てたから、乗り込みました。

大失敗と言うのは以前、高知へ高速バスを使って行った帰り、やはり寝込んでしまい、目を醒ましたのが新居浜市内の高速道路上。このバス、高知を出ると伊予三島ICバス停で停まると、後は松山市手前の川内ICバス停で停まり、後は松山市内でしか停まらない。伊予三島ICバス停まで迎えに来てた愛妻に無駄足を踏ませ、結局、私はJR松山駅まで高速バスに乗り、松山から特急電車で帰ったと言うお粗末で苦い経験があったから、今回も苦い思いをするところだった。今回は普通電車だった事で、今治駅では何分かの停車時間があるから助かったのです。

その罰が当ったのか本日の空手の稽古で、3週間前の右足親指の捻挫が、その後の仕事と稽古とウォーキングで悪化しており、それに加えて庇った右脹脛を散々蹴られて青アザに成り、今も疼いてます。3ヶ月前にも右脹脛を傷めて10日ほど仕事に成らなかった記憶がある。やはりトロクサイんでしょうネ~(泣)!!

 

事後報告。

4月4日(日)に、坂出市で行われたウォーキング大会に出席。20kmを完歩しました。曲がりなりにも、完歩証も戴いてきました。このウォーキング大会は、5㎞・10㎞・20㎞・35㎞の4コースがありましたが、午後4時迄に大会会場(JR坂出駅前広場)までに帰らないといけない事と、翌日は仕事があり、その後に空手の稽古に行かなければ成らないので20kmコースを選んだと言う情け無い話。何人かの患者さんや友人・知人に声を掛けたが、たった一人だけ西条市の30歳台前半の女性が同行。色々ありましたが、変な事も無く無事に完歩しました。

20㎞コースは午前8時45分出発。途中のチェック・ポイントが瀬戸大橋博記念館前。丁度、距離にして13㎞程だ。この時点で、昼の12時前。同行の女性に、「ゴールしたら、そのまま帰って良いそうだから、早目に帰ろうか」って事で、昔は有料だった記念館が入場無料だったので早足で見学し、トイレを借りて弁当も食べずに出発。途中、知人・友人から幾つか激励のメールも入り、無事ゴールしたのが午後1時。途中の休息時間を引いても、4時間程で完歩。平均時速5㎞程で歩いた計算。途中には、かなりキツイ坂の小高い山道もあったから、最低3㎞位から最高7㎞位のスピードで歩いた計算。同行の妙齢の女性曰く、「35㎞コースにしなくて良かった」と言う程だから、最近のように余り歩かなくなった事を考えると、かなり過酷な大会だったと思います。

でもね、ウォーキングが趣味で大会荒しをしてる諸氏にとっては、35㎞コースでもたいした事は無かったようです。それも私より年上の60歳は越えてると思われる方々が平気な顔をしてたから。では又。