Archive for the ‘その他’ Category

全ガキ連?

中学三年生の夏休みのある土曜日、食事を済ませて出かけようとすると、遊びに来ていたオジサンが「受験勉強しよるんか?」と聞いたので「やりよる」と言って出掛けようとすると、「何処へ行くんぞ」「友達の家」「何の集まりだ」。丁度、学生運動真っ盛りの時だったから、「全ガキ連」と答えると、両親もオジサンも大笑い。「そんなのあるんか?」と聞かれたから、「あるから行くのよ」と堂々と抜け出したのです。(笑)

 

【笑 劇(しょう げき)】①

子供達が小さい頃、随分と楽しい出来事があった。だが反面、随分と悲しい辛い事もあったが、この項では順不同で楽しかった事を列挙してみました。

①平成元年産まれの息子が中学生の頃だったか、何処かへ行って、帰りは珍しく高速で帰ってきた(笑)。そして新居浜ICで降りようとしたら、「請求金額欄には400円」と出ているのに、職員の女性が「450円です」と言った事から、此方は家族連れだし後続車も無かったから、悪戯が始まった。職員の女性が、「済みません、400円です」と訂正したが、「お姉さん、この運転手(私の事)、生意気そうだし顔も怖いから、余分に取ってやれって思ったろ?」。職員さんも暇だから、ニコニコしながら相手をしてくれた。「いいえ、それは無いです。単なる言い間違いです」「私、思わずコリャ、やられたかなって思ったよ」って言うと、助手席に居た息子など手を叩いて足を鳴らして大笑いしてるわ、後部座席の女親子は手を握り合って大笑いしている。それにつられて、私も職員さんもつられて大笑い。やがて後続車が来たから挨拶をして別れました。

⓶私の悪戯好きが災いして、家族も結構 悪戯が好き(笑)。で、レオマ・ワールドが潰れる前、息子の年齢と身長の関係で乗れなかったアトラクションが幾つかあったので、再開した時にリベンジで行く事に。ただ久々の再開だから早朝6時には出掛けないと、駐車場には入れないのは解ってる。しかし女房など「7時出発で間にあう」と言い、結局は7時半発。間にあう事は無いのは解ってたが出発したが、案の定、駐車場まで2㎞と言う所で完全に車の動きは止まった。最後に「トイレに行きたい」と言い出したが、「私の言葉を無視してこう成ったんだから、知らない」と言う話に成り、すったもんだの挙句、早期に私が言いだした「方向を代える」事に成り、急遽、近くの[国立まんのう公園]へ。

まんのう公園では、昼飯前の事もあり閑散としている。駐車場に車を停めると、まずはトイレに。そしてランチ・レストランへ。家族は何か食べると言うが、何故か私は欲しく無い。文句を言われながら「ソフトク・リームでも食べるわ」って事で一悶着。何故なら気に入らぬ事が合ったら、私は家族と歩調を合わせず何も食べない。面倒臭く成り、勝手にソフト・クリームを買い食べながら駐車場へ出ると、綺麗なべべ着た年寄り達がゾロゾロと出てきた。様子、特に顔向きから、完全にトイレ。おまけに我々と同じく、レオマ目当てで来たが入れなかった人々(笑)。何故なら、綺麗なオベベでまんのう公園へ来る筈は無い。そして、最初からまんのう公園目当てなら、弁当やお菓子や簡単な遊具や敷物を持って来てる筈だから、それらを持って無い人はレオマ目的の人(笑)。

食事をしている家族の所へ行くと、その報告(笑)。衝動にしても、まんのう池の職員達も、レオマ行きが回ってくるのは計算違いだったらしく、既に売り切れのメニューも。そして食堂も込みだす頃には我々は他へ移動。

まんのう公園では、花の散策や散歩が主だったが、喉が渇くし何かを食べたい。東屋的な建物の売店があったので各々好きな物を買い、近くのベンチに座ると食べだした。だが大柄な私は荷物で座る場所が無い。仕方なく立ったままハッカ菓子を開けようとすると、1歳チョイ位の男の子が、ヨタヨタと器用に歩きながら私の方へ歩いて来るではないか。「保護者~保護者~」と言いながら辺りを見渡すと、売店にお腹の大きいお母さんらしい人が此方を向き、支払い前のお菓子と飲み物を置き此方へ来ようとしたが、私と目が会った途端、会釈をしながら会計へ。それだけで結局、預けられたんですね(笑)

その間、息子は「オヤジ~、小さい子が来てるから踏み潰すなよ~」と言ってるし、女連中も「お父さんの顔見て、泣くとか引き付けるとか」って笑ってる内に。子供は私の足元に来ると「抱っこ」と言う感じで手を伸ばし、私に抱かれようとする。家族は戦々恐々と観ながら、「サア、子供が手を出した~」と実況中継風。そのままだと危ないので、黙って抱っこして「保護者~保護者~」って呼んでも誰も来ない。子供も抱かれ具合が違うから無理矢理おりようとする。その内、我が子が居ない事に気付いた父親が慌てて走り寄ると、誘拐犯から子供を奪い取るようにして逃げて行きましたよ(怒)。挨拶も無しに(怒)。そしてお腹の大きなお母さんが会計を済ませ、一部始終を見てたから、笑いながら何度も会釈しながら家族の元へ。

そのお母さんから言わせたら、大きくなった子供達と4人家族がまんのう公園へ遊びに来て、お菓子と飲み物を買ってワイワイとやってる姿をみてると、我が子が父親と間違って知らない私に抱かれた姿も見て、逆に安心感が湧き幼子を私に託したのではないだろうか。大人の様子を見ていると、子育ての経験が無い男性と、子育てに参加していた男性は、見る人が見れば解るのです。

その幼子を抱いてる間も息子がチョッカイ出すんで、笑いながら文句を言ってたから、上手くいってる家族の姿を見たんではないだろうか(笑)。今では、家族に捨てられての独居ジジイなんですけどね(笑)

③[入学式の思い出*何処の組のモンぞ]の項も呼んで下さい。

④高速道路の高知道に、「笹ヶ峰トンネル」と言うのがある。そのトンネルの上には、恐らく地元の人しか知らないだろう「笹ヶ峰隧道」と言うのがある。息子が小学生高学年頃だったろうか、夏休みに何処へも行けなかった事から土曜日の夕方から高知方面へ遊びに行った。喜んだのは子供達。親同伴公認の夜遊びが出来るから。

ついでに、夜中故、道路が空いてるから普段は通らない道路を使った。その途中に笹ヶ峰隧道があったんですね。それも風が吹き、13日の金曜日のジェイソンが出てきそうな雰囲気。トンネルの入口まで行って、ヘッドライトをハイビームにしてみたが、トンネル途中までしか明かりが届かず、向こうの方に出口が見える。灯と言えば、付いてるのが解る位の薄暗いのが2つか3つ。Uターンして帰るにも不気味である。迷った挙句、突破を決意(笑)。

ヘッドライトをハイビームにし、四輪駆動に切り替え、安全の為に持って来ていた防水の大型懐中電灯6個を一人2個ずつ持たせ、点灯させたら窓の外を照らすよう言い付け、ルームランプを2個とも付け、ユックリ走り出した。対向車が来たら困る道路幅だが、トンネル途中に行き違い用の場所がある。そこまで行くと、全員が「オォ~」と声が出たが、まだ続きがある。出口近くに成り、外の空気を吸いたくなり窓を開けトンネルから出た瞬間、ミミズクが飛び、子狸が山側から道端の土の水路に落ち、車の前を後ろを何度も振り向きながら走っている。女房は「お父さん、狸の子を踏まないでよ」「踏んでも、肉が無いから食べられない」と言ってると、娘曰く、「自然の営みを沢山見て、涙が出る」ってさ。完成の強い子じゃ。で、終り。

此処で情報を一つ。YouTubeに、この笹ヶ峰隧道を走ってる動画が入ってます。丁度、私達が走った逆コースだが、当時の思い出を再現してくれる。それも、微妙なスロー再生してるから、見応えがありますよ。

 

夏が来れば「お化け屋敷」

日本の夏は、何故かお化け屋敷が定番のようについてくる。その経緯は何かで読んだ事があるが忘れた(笑)

毎年のように南予の県立歴史文化博物館で、お化け屋敷が開催されていた。此処数年、行ってない理由は、博物館の運営を任されている会社の職員に嫌がらせされたから。新居浜の県立総合科学博物館のS部長いわく「我々は、まず金を払って来て頂いたお客さんに目を向け、次にボランティアさんに目を向けて」って、立派な事を言った割に、運営会社の人間同士の仲良しゴッコをやっちゃうから、客にでもボランティアにでも、平気で嫌がらせをやっちゃうのね。 だから運営会社の親会社の株を買って株主に成り、四の五の言わせないように準備をしているが、なんせ連中の顔を見るのが嫌‼だからお化け屋敷を見に行きたくとも、足が向かないと言う話。

過去、随分とお化け屋敷を観に行き、随分とお化けさんを凹ませてきたが、ただ一度だけやられました。[足立の庄]へ行ったおり、場所的に珍しくお化け屋敷をしている。家族を誘ったが女房と長女は「嫌‼」とそっけない。3歳に成ったばかりの長男が「入りたい」と言う。「大丈夫かいナ~]と思いながら切符を買い、お化け屋敷へと入った。中は作り物だが、3歳の子供には異様な雰囲気だったのだろう。私の手を固く握っていた。作り物の死体の上を透明のアクリル板が張ってあり、その上を10m程進むと右へ折れる。一段低く成ってるので降りると、ポロシャツを着たオジサンがこちらに背中を向け、下を向きアチコチしながら何か探し物をしている。暫く待っていたが埒が明かぬ。「済みませ~ん。小さいのを連れてるから、先に通してくれませんか~?」って一声かけたところ、そのオジサン、何も言わずクルッと振り返った。目が合ったと思った瞬間、真っ白い顔をした「のっぺらぼう」の顔‼ さすが悲鳴も出ず失神もしなかった(笑)が、「ウワッ‼ビックリした~‼」と、不覚にも少々大きめの声が出てしまった。それでも息子が心配に成り見ると、下を向いたまま固まっている。オシッコもチビってはいない(笑)。ゴタゴタしている内に、ノッペラボウのオジサンは何処かへ行き、屋敷の外へ出たのだが、その前後の仕掛けは覚えていない。余りビックリしたもんで(笑)

 

一月も半ば過ぎ

遅まきながら、「あけまして おめでとうございます」。月日の流れるのは早いもので、年度替りの時期が近付いた。

昨年の愛媛マラソンの時から、県師会の会長から監事のお役を打診され、とうとう受けてしまった。それでも、まだ監事らしき仕事はしてない(笑)。それでも立場上、平素から理事役員から情報を得たり、意見を言ってみたりでゴソゴソと動いてはいる 。

でもね、公益社団法人に格上げしたから、監事として名乗る以上は法務局へ「監事を自発的に受けた」と言う自筆の文章が要るには驚いた。普通に生活していると、不動産を手に入れると法務局へ登記しに行く以外、法務局へ出す書類を書く事なんかは滅多に無い筈なんだが、法人と言う他人様が絡むと鬱陶しい事!!

話は代わり、今年も愛媛マラソンにボランティア・ケアに参加予定。

一昨年度迄と違い、ウォーキング大会が短めだが珍しく愛媛でも日曜に開催されている。

それと、怖い話を一つ。昨年11月24日に、松山でのウォーキング大会に行った帰り、JR新居浜駅から歩いて帰る途中、車と喧嘩して負けました(笑)。早い話が、一時停止と安全確認を怠った軽四に撥ねられた訳だが、左膝と左手を痛めただけで、仕事はしてます。昼休み時間帯に、近くの評判の良い外科医院へ治療に行ってる。

もう一つ。昨年一杯で、極真会館・極真空手を辞めました。身体の為にと好きで始めたが、色々とあって、とうとう辞めました。まだ身体が空手を忘れて無いから、何か打撃系の武道をしないと、身体が鈍るとガンを再発し易いですからね。

今冬は、7年程前のセンター試験日に大雪が降って大騒ぎに成った年と同じ気圧配置らしいから、風邪と雪対策に気を付けてください。

 

だんだんと・・・

今年の猛暑に少々ズレが出て、パソコン迄もが可笑しく成り、気が付いたら3か月も経っているではないですか。それにしても、事情あって独り住まいになって16カ月程。仕事を持ってた愛妻の忙しさが解った。(-_-;)

今月3日は文化の日で、文化人で無い私の誕生日。ヽ(^。^)ノ

歳を取る毎に、こんな私にでも色々と大事な役を仰せつかったり、人の良い部分を見越して利用目的で近づいたり、交際も大変で、仕事が終わって往診に空手に会議にと走り回ってると、帰宅が午後11時前後。それから夕食が夜食に成り、既製品やインスタントで間に合わせるから身体には良く無い。

今年の夏の猛暑から一転、暑かったり寒かったりしながら、いきなり寒くなったから体調を崩します。早い時期から、「今年は秋バテが来ます」って言われてた位に、地球規模で大異変が起こっているようです。来年の1月2日には、再び大震災がくると言う予測もあるから、皆様、十分気を付けましょう。

 

もう6月。

6月と言えば、JuneBride。この月に結婚した女性は幸せに成れるとか。では「幸せって何?」って聞かれると、答えられないのも事実ではなかろうか。

私の若い頃、まだ20歳代後半で病院勤めをしていた頃、鍼灸治療室の助手の中年女性が言った。

「先生、ウチの息子、先生のファンなんですよ」「何で?」「先生って、小椋佳にソックリだって、ウチの息子ったらファンに成っちゃって」

当時、小椋桂の曲が大流行で、歌は聞いた事があるが、第一勧銀って銀行のサラリーマンだった事もあり、マスコミに顔を出す事は無かったor出る機会が少なかったから、知らなくて当然って部分があった。後に写真を観る機会があり、サングラスを掛けた雰囲気が言われて見ればソックリ。現在、お洒落で丸っこい眼鏡も掛けてるけど、コレを掛けると笑福亭鶴瓶に似てます(爆)。

その後に病院も退職して独立し、やがて結婚をして、午後9時頃から愛妻とウォーキングに出かけた。元勤務していた病院近くを通り掛ると、二人の男子中学生と擦れ違った。擦れ違った瞬間、二人が何か喋ったのは解ったが知らん顔して歩いてると、愛妻が言った。

「お父さん、いま擦れ違った中学生、何を言ったか解った?」「イヤ、気にしてなかったから解らん」「あの二人ね、『いま擦れ違った人、小椋桂にソックリ!!』って言ってたわよ」ってな具合で、随分と評判だった?らしい(笑)。

で、何で小椋桂なのかって言うと、彼の作詞作曲のうたで[六月の雨]ってのがあり、スローテンポの良い曲があるから、JuneBrideと一緒に思い出した訳だ。

何故か前回のブログから懐メロ形式で色々と青春時代に聞いてた曲の話が出るが、やはり今年・満61歳の後厄だから「本格的なジジイになったのか」って思う次第。

このブログ、ウインドウズ7の入ったノートパソコンじゃないから使いにくいのなんのって、あずってます。XPなんだけど処理能力が遅くって思わず卓袱台返しと同じ事をしたく成る程に遅いのです(爆)。酔ってる分、卓袱台返ししない内にオワリます(笑)。

 

今年も最後の追い込み

気が付くと、もう11月も終わりが近付いた。本来、ブログは毎日の更新が基本だが、言い訳すると事情があって一人住まいをしてるから、仕事が終わっても往診や空手の稽古、鍼灸以外の仕事の会議やらで毎日19:00以後は外出し、夜遅く帰ってきては晩飯や洗濯物で、就寝が下手すると翌日の02:00~03:00に成る。ゆえにブログ更新に時間がさけない事となる。

今年の11月3日は土曜で文化の日で私の誕生日。それに今年は市鍼灸師会の研修旅行が重なり、3日(土)4日(日)の連休は九州は佐賀県の嬉野温泉へ。嬉野温泉の泉質は非常に良かったのだが、ただ道中が遠過ぎて、疲れて帰ってきました(笑)。

ただ3日の旅館で、非常に珍しい事が起こった。研修旅行時に何時もお世話に成ってた運転手さんが、この日が定年だと言って幹事から記念品を受け取った運転手さんが席に戻ってきた。たまたま私の席隣に座ってたから、そっと声を掛けた。

「今日が定年って事は、誕生日なんだ」「そうです「と言う事は、昭和27年生まれだ」「そうです」「じゃあ、私と全くの同い年」「エッ!!って感じで話をしていると、隣にいた学校時代からの後輩が声を掛けた。「先生、僕も今日が誕生日ですよ」「アッ、29年の二つ下だったよな。何と、僅か20人にも満たない集団に同じ誕生日が三人。内二人がおない年。おまけに、たまたまだが、三人が一塊で座ってるって不思議と言うか何と言うか」。その話に、全員が振り返った。会長曰く、

「三人とも、今日が誕生日だって?」「そう」「相談づくで一塊か?」「イヤイヤ、偶々」「コリャ~、珍しい事もあるもんじゃ」。その一言で、参加者の盛大な拍手でオシマイ(笑)。

その後、11日(日)は恒例の松山での研修会参加。18日は、知人の会社の創業200周年パーティーに呼ばれていた為、朝からアチコチと駈けずり周り、19:00からのパーティーへ。行きはバスで、帰りは勿論の歩き。25日は、またまた松山での研修会。さすがに疲れてます。

このように還暦の厄年とも成ると会社勤めの方なら定年だが、我々自営業者でも技術者は、余程の事が無い限り定年の無い人生を歩み、体力に限界を感じて第一線を引いて間もなくして人生も終わる事となる。

来月の日曜日も、大体が予定が入っている。今年の厄は節分の日まで続くから、身体に気を付けて頑張ろう!!と、思ってます(笑)。

 

もう9月の後半だぜ~

バタバタしている内に、もう九月の後半である。歳を取るのも早い筈!! 来月に成ると此方の地方祭り。野良の節句働きをして、夜は夜で祭り見物と洒落込む予定。

新しいPCから送信できないから、ブログ更新もままならず。近々、送信できるようにしますので、少々お持ちください。

 

反省の毎日。

お久しぶりです。

ブログは毎日更新する方が良いのだが、毎日バタバタして合間に書いてはいるが、新しいPCの機能に慣れない事で、同じ失敗を繰り返しながら保留のままに幾つかの原稿が(-_-;)。その一つに「しおかぜウォークなのはな大会」がある。また、いずれアップします。

昨日、「ウエルピア伊予」って元々は厚生年金センターだったらしい施設を伊予市が買い取ってリゾート型ホテルとして経営してる所で、[第11回・えひめ鍼灸まつりIN伊予市]が開催。当然、私も応援に参加。今回の行事で\(◎o◎)/!したのが、元々、ワガママ集団だった県師会が反会長派と反副会長派に分裂している様子。だから、行事の種類によっては大きく分けて中間行事と会長派行事と副会長派行事のどれかに分裂してるケースが最近、目立つように成った。こんな事をしてては、何の為の会か解らないが、日本鍼灸師会そのものがその辺り同じ動きをしてるから地方師会がバラバラでも当たり前か。愛媛マラソンの時にも、県師会の分科会のスポーツ・セラピー会員には交通費補助を出しながら、私のように会の行事として参加した会員には何の補助も無いまま。今回の[鍼灸まつり]では出ましたけど(笑)。

このように、本業の行事参加や闘病生活、本業のバタバタでブログの更新すらままならない。何とかならないか~と喚いても、無理か(爆)。

 

愛媛マラソンに参加?

「愛媛マラソンに、参加してきました」とは言っても、県師会からケア・ボランティアに参加。
「今度の愛媛マラソンに」と言っただけで、大体7割前後の方々が「走るの」って聞きますが、冗談でも止めてくださいね~(笑)。大体が、ウォーキングと多少の心得がある空手なら解らんでもないが、走るって事に全く縁が無い私に」走るの?」っとは、冗談交じりで聞かれる事は嫌ですね~(笑)。
今回の愛媛マラソンは50回目となり、高橋尚子選手や土佐礼子選手、その他の名だたる方々が招待選手として参加。おまけにレース中盤から二人の選手がデッド・ヒート!! 優勝選手がゴール手前200mあたりからラスト・スパートをし、結局2秒差で勝敗が決まった。ケア・ボランティア用のテントがゴール脇の僅か30m程傍にあったから、結構、見ごたえがありましたよ。
今回の参加にあたっては、集合時間がレース当日の06:00だから土曜日から泊りがけに成るから例の2000円切符が使えず、土曜日に仕事が終わった19:47発の鈍行電車で行く事になり、結局は1750円の普通運賃切符を買った次第。顔見知りの職員の若者に、「チョッと、損した気分ですね」って笑われた。
今回は妖怪オバチャンに会うことも無く22:20過ぎにはJR松山駅に着き、駅前からホテルに電話を入れて歩いて松山市駅前のカプセルホテルへ。
松山には「松山駅」と呼ばれる駅が二つ。JRと市駅。何年か前、路面電車環状線で「松山駅へは、どちら周りが早いですか?」ってうら若き女性に聞いたら、「松山駅は二つある」って念を押された事があり、改めて認識した次第。田舎者は駄目ですね~(笑)。
明日のレースでゴールとなる堀之内の堀端を通り、市駅へ向かった。明日の仕事場は、何故かJRと市駅の中間にある。便利が良いといえばよいが、荷物を抱えては疲れます。
ホテルに到着後、カウンターで料金を前払いし、初めて利用だと言うとチャンと案内してくれた。私のベッドは二段重ねのカプセルの上。強度の閉所恐怖症と高所恐怖症などを持ち合わせている私は予約した時点で少々後悔はしていたが、いざカプセル内に入ってみると何も心配する事はなかった。圧迫感も無く、座って着替えや荷物整理をする限り何の心配も無い。快適である。最初にカプセル・ホテルを考案し実践した人は天才だと思う(笑)。
一通り荷物整理をすると、腹が減っている。こういう時って何故か本前の仕事が忙しく、バタバタとして夕食もあまり食べないてなかったので、ブランデーの水割りと非常食?と朝食用にと用意していたカップ麺を食べ、少々危険なんだが睡眠薬を飲み、携帯電話の目覚ましアラームをセットして爆睡。
朝は、スッキリ&クッキリと目覚ましが鳴る前に目覚め、着替えを済ませてカップ麺を食べ会場へ。会場には、参加会員のほとんどが集合し準備が始まっている。挨拶をし、準備をしていると地元の会員が自転車でやってきた。スタッフ・ジャンバーを渡そうとすると、「本日は選手として走る」と言う。私より3歳もオジンなのに頑張るな~。
やがて疾走前の選手がケアにやってきた。近くには製薬会社の看板を挙げたテントがあり、テーピングをやっている。何故か、そちらの方が繁盛している。多少、時間を持て余し気味ながら、僅かレースが始まる1~2時間ほどで50人そこそこのケアをしている。後はレース後に忙しくなるという話。打ち合わせや足りないところの養生をしている内に弁当が来ている。他のテントの役員やボラ参加者達が弁当を食べてると思った。時計を見ると11:00過ぎ。今の内に食べておかないと、09:30スタートだから、早い選手は12:00前には帰ってくる。
7インチのTVを持ってきていたメンバーが居たのでレースの生中継をみていると、フル・マラソンでは珍しいと感じる事が起こっている。コース後半で、二人の選手が首位爭いのデッド・ヒート!! 三位以下の選手は見えない。画面で見る限り、疲れた様子なんぞ無い!! 思わず、「凄いレースをやってる!!」って言った程。しばらくすると会場の堀之内に帰ってくると言う。ゴール傍のテントに居ながら、慌ててゴールの見える場所に走り、シッカリとゴールの瞬間を見てきた。1位と2位の差は僅か2秒。フル・マラソンで後半に凄いデッド・ヒートを繰り返した割に、二人とも普通に歩いて控え場所に。テレビカメラや記者は、2位の選手を後目に1位の選手を追う。この辺り、勝負の世界の厳しいところか。
その後、続々と選手がゴールをし手続きの終わった選手達が足を引き摺りながらケアテントに集まり始めた。テントに戻り、交代でケアをする。メンバーとベッドの数とケア希望の選手の数の問題で、一人10分~15分迄。手の空いた会員は集まる選手の整理役。これも交代。連絡時には、「呼び込みしてきて(笑)」が合図(笑)。
見てると連絡していた患者さんが待合椅子に座っている。私に気が付いてない。前に立ちはだかってもても下を向いたまま。そのうち顔を上げ私の顔を見て再び下を向いたが、再び顔を見て飛び上がって驚いた。失礼だな~。で、順番が来たが私の担当ベッド無かったが、事情を話して私がケア。
もう一人。新居浜選出の県会議員が完走をしたのは良いがボロボロ状態で、仲間に肩を支えて貰ってやってきた。彼は元々、新居浜市議だったが県会に行った人で、市議時代から私の事を知っており、後々知った事だが極真空手の元同門。私のケアに悲鳴を上げるから、「ヤメテよネ~、虐待してるみたいじゃないですか」と言ったら、「虐待の方がマシ~」と言う話。「極真の回し蹴りの方が痛いでしょ」「回し蹴りの方が痛く無い~」と言う、何とも虐待好きのサド的な乱暴者扱いをされてしまった(笑)。
やがてレースも終わったが、テントは16:00には明け渡す事になってるので15:30には終えて撤収。気の毒だが後半にゴールした選手ほど状態の悪い選手が多いので、我々の所では手の施しようが無い事となる。その場合は、救護の方に回って貰った方が良いという話。
16:00過ぎに反省会を開いて、私だけ16:00に失礼し、市駅へ行き所用を済ませて17:20発の新居浜駅行きの特急バスに。何故、帰りはバスかっていうと、多分寝てしまうから終点が新居浜駅のバスの方が乗り過ごしが無い(笑)事と、本来なら1500円の料金が1200円に成ってる回数券が一枚残ってたからと言うのが理由(笑)。
バスはJR松山駅を出ると松山市駅で停まり大街道で停まるのだが案の定、大街道で停まったまでは記憶があるが、目が覚めたのが西条市に入ってから、と言う事は、一時間半は爆睡してたことになる。さすが経験者だと感心(爆)。西条駅に停まってから新居浜駅までの間、やはりウツラウツラとしており確かな記憶が無い(笑)。新居浜駅では私を含めて5人の降車。駅前ロータリーに入った所で愛妻の車を確認直が、愛妻からの電話。「お父さん、バスが着いたわよ!!待ってるよ!!」と言う。「車を確認した」と言って電話を切り、寝ぼけ眼でヨタヨタと最後尾のシートから狭い通路を通り下車。
そうそう、西条で目を覚ました時、小用に行きたく成ったが目覚めと共に何時もの電車でないから「トイレ~‼」っても間に合わない。おおよその見当がついてたからバックの一番上の取り出しやすい所に簡易トイレを用意してた。それで用を足してたのだが、下車次第始末をする予定だったから、一度、駅の待合室に入り燃えるゴミのゴミ箱に入れちゃいました。で、何食わぬ顔で愛妻の車に乗り込み帰宅。自宅に戻り、風呂に入り。、ようやく真面な食事を済ませて就寝。
このブログも、新しいPCだから慣れてないし仕事の合間に書いてから丸一日半もかかりました(笑)。